▼ ティキ

少し甘酸っぱいキスをしたあと、ティキは決まって小さく笑う。なぜなのかを問うてみても誤魔化すだけ。その小さな笑みも誤魔化すときの困った顔も結局好きだから、まあいいやとか思っちゃう。

「ティキが消えちゃったとき、片っ端からキスして探して行こうかな」

本物のあなたなら笑ってくれる、でしょ?

「おいおい、それはいくらなんでも」

ティキは肩を竦めてソファに沈んだ。わたしはそんなティキの隣で淹れたての紅茶を頂く。カップの底が見えるくらいに明るい紅茶は、いつもティキがわたしのためにどこからか手に入れてきてくれる(わたしがこの紅茶おいしいね、って言ってから)。

 
伯爵邸の馬鹿でかい屋敷の一角。他のみんなは出払っているのか、朝起きてここに来るとティキしかいなかった。ティキはこの馬鹿でかい屋敷の馬鹿でかい部屋の隅の方のソファに寝そべっていた。

「今日は白じゃないんだね」

わたしがそういって近づくとティキは身体を起こして(寝ていたのか、瞳を薄っすら開けて)ああ、うんと呟いた。
癖毛をわしゃわしゃと掻きながら紅茶でも飲む?と微笑んでくれたティキはわたしをソファに座らせた。
朝日が、黒のレースのカーテンの隙間からやんわりと差し込んでいた。

少し冷めてしまってもこの紅茶はおいしかった。どこで売ってるの?という問いにティキは答えてくれない(オレが買ってきて飲ませてやるから、の一点張り)。白い高貴なカップはわたしのお気に入り。湯気を立ち上らせることを止めた紅茶をまた一口啜った。

ティキは隣で長い足をだらしなく伸ばしながら(相変わらず高い)天井を見上げていた。疲れているのだろうか?ソファに沈んでからティキは黙ったままだ。
 
「ねえ、ティキはどうしてキスした後に笑うの?」
「 嫌なの?」
「そ、 そんなんじゃないけど、」
「…そうだなぁ、」 

ふ、と軽く笑ってティキはわたしの顎に手を添えた。そして器用に紅茶のカップを取り上げてしまった。目前のティキの瞳に見詰められながらわたしはまたも甘酸っぱい気持ちに胸を支配される。

「なんでだと思う?」

わからないから聞いてるんじゃない、そういう前に唇が降りてきた。いつのまにかティキの手に紅茶のカップはない。耳の後ろ辺りの髪を撫ぜられてぞくぞくした。苦しくなって逃げたくなって身を捩ってもティキには敵わない。重くなってくる瞼を懸命に支えながら見えたのは、やっぱり薄く微笑むティキ。

「そんな大した理由じゃねぇよ。嬉しい、そんだけ」

覆いかぶさるようにしてティキは吐息のような声でそう呟いた。わたしはそれを見上げながらいつのまにか笑ってしまった。

「っていうかさ、名前。さっきのあれは絶対止めろよ?」
「あれ、?」
「オレが消えちゃったら、のやつ」
「あ、ああ。あれね。結構いい方法だと思ったんだけど」
「ぜんぜん良くねぇよ」

淹れ直した紅茶に口をつけながら改めてソファに座る。ティキは本当に嫌そうな顔をしてわたしの膝に頭を乗せた(大きいティキだから、当然足が反対側にでろんと出てしまっているけれど気にならないらしい)。

「あんなことしようって思わせたくなかったよ、オレは」
「うん」
「っていうかオレが消えるときは名前も消えるときだろ?」
「え、それはちょっと違うでしょ」
「はは、ジョーダンだよ」

そう呟くとティキはわたしに背を向けてしまった(もしかして拗ねた?)。
わたしは少し上がってしまった口角をカップで隠しながら、ティキの癖毛を撫でた。

この感触を失ってしまう日も、いつかは来るのだろうか。(ノアとして覚醒する前がそうであったように)ノアだって決して不死なわけじゃない(ふつうの、)(人間だから)。
壊れないものがないことは知ってる。わたし達がそれに当てはまってしまうことも。だからこうやってわたしはわたし達を繋ぐ、目に見える証拠を探してしまうし、それを失くしたくないとも思うのよ。
 
Kiss me Love me
(どうかわたしを愛している限り誓いのキスを頂戴)
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