▼ アイク

シスターを目指せばよかった、と大人しくその腕に包帯を巻かれるアイクを眺めながら思った。
自分の腰辺りに備え付けられた短剣を見やる。こいつに恨みはないし、今までたくさん命を助けてもらったけれど、今ばかりは 彼の傷を癒せる存在でありたかったと思った。

「はい、これで大丈夫だよ」

だからってあんまりムリしちゃだめだよ、と実の妹に釘をさされてほんの少し唸るアイクに彼女は苦笑した。嘘のつけない真っ直ぐな兄に、気立てのよい出来た妹だ。
包帯やテープをしまうと彼女は天幕から出て行ってしまった。大方、夕飯の準備だろう。料理も出来るなんてほんとに女として上出来だと思う。

包帯の巻かれた腕をしげじげと眺めるアイクの後ろの簡易ベッドに腰かける。皮肉なことにもわたしは無傷だ。アイクが、庇ってくれたから。

「わたしも魔術、習おうかな」

あんなにか弱いイレースから放たれる強力な雷魔法が、羨ましくないと言えば嘘になる。同性であり同年代でもあるのにわたしときたらナイフを構えて敵に突っ込んで行くんだもの。それにセネリオの風魔法、トパックの炎魔法。そしてなにより、杖が使えたなら。

わたしの声が聞こえたのかアイクは振り返っていた。
ぱちぱちと瞬きしながら、何か言いたげなアイクと見つめあう。わたしは今すぐにでも盛大にため息を吐いてやりたかった。憂鬱だ。わたしが守りたいものって、わたし自身の命だけなのかしら。

「名前、」
「わたし、杖を使いたいの」
「杖で敵を殴るのか?」

至極真剣な瞳。困惑の色さえ見てとれた。わたしは今度こそ長く息を吸って吐いた。そうね、わたしの戦い方ってそんな感じだものね。

後ろにごろんと寝転ぶ。天幕の天井が見えた。見慣れたものだ。こんなものを見慣れる人生を送ることになるとは。目をつむると思い出す。焼けた肉の匂い。骨組みだけの家。赤くそして熱い、炎の海。わたしに差し出された、アイクの力強い腕。

「俺についてきたことを、後悔しているか?」

静かに目を開ける。アイクがほんの少し眉を寄せてわたしを覗き込んでいた。なんてらしくない顔をしているの、と笑ってやりたくなった。後悔なんてしてるわけないじゃない。わたしはあのときあんたに拾われて幸せだったわ。そして今もあんたといられて幸せなんだから、もっと嬉しそうにしててよ、アイク。そしてそのときに手にした獲物が、ナイフだったってだけなの。わたしは今でも変わらず隣を許してくれるあんたが好きだから、ずっとずっとついて行くわ。

「アイクを癒せる存在になりたかったの」
「どうして過去形なんだ」
「だって将来も有望そうじゃないんだもの」

華奢で可愛くもないし生傷絶えないし治癒魔法使えないし料理出来ないし頭もそんなによくないわよ。女版アイクと言われても反論できないかもしれないわよ。

「わたしは人に傷をつけることしか出来ないのよ」
「聞いてみたことはあるか?自分は、傷をつける人間なのかそれとも癒せる人間なのかと」
「そ、そんなこと」
「じゃあ試しに俺に聞いてみるか」

わたしの顔の横に両手をつくとアイクは少し笑って覆いかぶさって来た。わたしの心臓が即座に脈打つ。頬がかあと熱くなって思考がまともに働かない。働かないけれど、アイクの
返答がどうしてかわかってしまった。
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