▼ ↑クラトス

きつい冗談だなあと思ったのは本当だった。心臓がきりきりと痛んで、早く嘘だと告げて欲しかった。
けれど無情にもあなたは、わたし達に愛剣の切っ先を向けてみせた。頭の中が真っ白になって、呼吸はし難いし目の前はチカチカするし、か弱く泣き崩れて見せる女の子を演じることだって、できなかった。

ぜんぶあなたのせいだよ。わたしに優しくした あなたのせいだ。

「神子を監視するために差し向けられた、四大天使…」

背中の蒼い羽根を羽ばたかせたクラトスは、本当に綺麗だった。コレットも凄く凄く綺麗だったけど、クラトスの方がなんだか強い輝きだった。すぐ後に降ってきた光り…ジャッジメント。あんなに強力な魔法を浴びたのは初めてだった。攻撃を受けた腕がじくじく痛む。
レネゲードという組織に助けられ、借りた部屋のベッドで蹲ったとき、わたしはようやく泣くことができた。
なんたってこんなに痛いんだろうか。

お前も眠れるときに眠った方がいい
(じゃああれはぜんぶ)

…いや、気を遣わせてすまない
(わたしにかけてくれた言葉はぜんぶ)

仲間として当然のことをしたまでだ
(あたかも信用できる人間だと、思わせるため?)

「うそつき…っ クラトスのうそつき、」

仲間だっていったくせに。わたしの怪我に誰よりも早く気付いてくれたくせに。無表情でロイドたちを傷付けて、本当は信用しちゃいけない人間だったくせに。

零れ落ちた涙が枕を伝った。悔しい。クラトスのこと許せないのに、まだクラトスの笑った顔ばっかり思い出してるわたし、バカだ…。

「名前、…大丈夫か?」
「!…ロイド、」

不安そうに覗き込むロイドの立てられた髪が少し垂れてきて、わたしは顔を上げた。ロイドの後ろに、虚ろな瞳をしたコレットがいる。顔を伏せたままのジーニアス、冷静にしつつも眉間に皺を寄せたままのリフィル先生、悔しそうに唇を噛み締めるしいな。

「移動するけど、…行けるか?」
「うん、…だいじょうぶ。行こう」
「ああ。俺たちの旅は、まだ終わらないんだ…」

囁かれた言葉は、きっとロイドがロイド自身に言い聞かせるためのものだったんだろうなと、今でもずっと思うの。
それからわたしは常に、クラトスと同じようにみんなの最後尾を歩いた。みんなの背中を、出来る限り守れるようにと。

ふ、と目を開ける。雪が降りしきるフラノールの空は研ぎ澄まされていて、星が煌いていた。呑み込まれそうなほどの満天の星空。頬や鼻の先が寒さで凍えてしまっていたけれど、わたしはフラノールの空気が好きだった。

「寒いな…」
「なら、俺様が暖めてやろうかぁ?名前ちゃん」


自然に肩を抱かれ、わたしは驚きの余り声が出せなかった。少し見上げた先に思っていた通りのニンマリ顔がある。なあんだゼロスか、と安堵半分呆れ半分のため息を吐いてみせた(心外そうに肩を落とすゼロスはいつ見てもおもしろいと思う)。

「ああもしかして、白馬の王子様〜とか期待しちゃったり?」
「…そういうのは、興味ないから」

笑ったけれど乾いた笑みしか浮かべられなかった。まだ引き摺ってるのかと思うと嫌気が差す。けれどそんなことしたって忘れられないんだから、仕方ないものは仕方ない。

「またまた〜。俺様知ってるんだぜ?」

不意にゼロスの両手がわたしの両肩に置かれ、強引に向きを変えられる。わたしはゼロスと真正面から対峙する格好になった。ゼロスの紅い髪と、積った白い雪のコントラストがよく映えて見えた。

「名前ちゃんは、ロイドくんのおとーさまに恋してる」
「……おとー、…さま、……!」

おとーさま、という単語がピンと来ず、何秒かの間に首を傾げる。相変わらずニヤニヤしたままのゼロスの顔を見つめながら、わたしは理解した。無視でもすればよかったと思うのに、無情にもわたしはその言葉に反応したあと。ゼロスの手を振り払ってしまった。こんなの、認めてしまったようなものだ。

「ち、ちがうよ!バカなこといわないで!」
「…だよな〜。まさか名前がおっさん好きだなんてなぁ…あり得ないあり得ない」

耳元でそう囁いたときのゼロスは、気のせいかもしれないけど無表情だったように思う。そのままなにも言い返す間もなくゼロスは去ってしまった。
強張った肩を抑えながら、フラノールの街が見下ろせるブリッジに出た。先ほどと同じように空は澄み渡り、街は綺麗な電飾に彩られている。寒さとはまた違う感覚で震え、ぎゅっと瞳を閉じた。
ゼロスはきっと気付いてる。


最近ようやく、クラトスがロイドに構いたがった理由がわかった。わたしはそれを、ロイドには悪いけれどすんなり受け入れることができた。あわよくばそれを理由にクラトスがもう1度戻って来ないか、と期待していたのかもしれない。そんな甘い考えを、わたしは未だに抱いている。

「名前」

だから、背後からかけられた声もきっと幻聴なのだと思った。けれど、わたしは抵抗せず振り返る。まるで映画のワンシーンのよう。静かに降り積もる雪を受け、クラトスはそこでわたしを見ていた。

「…久しいな」

心臓がちくちくと痛み、呼吸をすることさえままならない。まるであのとき、クラトスを初めて意識したときのようにわたしの鼓動は高鳴った。そして自然に、そうあることが当たり前であるかのように、わたしの瞳は涙を零した。

「名前…」
「…っ、 ……」
「すまない」

クラトスを見上げることもできないくらいにわたしは泣いた。まるで幼い子供のように、けれど懸命に声を抑えて。わたしはクラトスをうそつきだと思った。裏切り者だと思った。どうせ去っていくのならわたしに優しくしてほしくなかった、と思った。

けれどそれが間違いであったことにようやく気付いた。わたしはあのときクラトスに触れて、今もこうして痛みを抱き続けることを幸せに思う。
クラトスを思い続けて、本当によかったと 思った。
これが人を好きになるという、気持ちなんだ。

「会えて、よかった…。クラトスに、お礼言いたかったの」
「…何の礼だ?」
「……ひみつだよ」

彼は決してわたしを抱きしめない。だからわたしも彼に身を預けたりしない。あの人がわたしに優しくしたことを一生忘れないし、わたしがあの人に裏切られたことを赦したりはしない。ここにわたしという存在があり、そこにあなたという存在がある限り これはぜったいだ。

「クラトス…、ありがとう。さよなら」


さよならライラック
(本当はそれがずっと言いたかった、こと)
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