▼ カカシ

おかえり、おかえりとなにかの呪文みたいに呟き続ける名前を胸にきつくきつく抱きしめながら、ただ彼女の全てに酔いしれたくてそっと目を瞑った。

ドアを開けたときの彼女の様子はひどかったな。こっちを見てまるで時間が止まってしまったかのように、元々大きいその瞳を余計に見開くんだから。目尻は赤いし隈は隠されてないし。
俺だよ、と言うとようやく時間が動いて彼女はまっさきに俺に飛びついて来た。それからおかえりを言おうとして言えなくて顔を真っ赤にしたんだ。堪えられない嗚咽が可愛くて、俺は彼女の背をできる限り優しく擦った。
その甘い匂いや柔らかさがじんわりときてこっちまで涙ぐんでしまいそうだった。

「返事がなくてつらかった」
「うん」
「カカシの名前は大好きだけど、やっぱり返事してくれるカカシがいなくちゃいやだ」

普段気のつよい彼女の弱弱しい声色が、耳からじゃなく心臓にダイレクトに伝わってくるようで。だから俺はただ心からの相槌を打ちながら、彼女の髪やら指やらにキスしていった。幾らか調子を取り戻した彼女はくすぐったそうに身じろぎするけど、嬉しそうに照れくさそうに笑って額を擦りつけてくる。

「カカシってこんなに大きかったっけ」
「もう俺のこと忘れちゃったわけ?」
「ううん、なんか…でも、あれー?なんか変な感じ」
「どーしたのよ?」
「わかんない。けどなんか、嬉しくって、気分がぽわぽわしてるの」

まるでお酒を飲んだときみたい、と彼女が囁いて俺はああ確かにその通りだと思った。酔った彼女は極度の甘えん坊になる。擦りよってきて抱きついてきて片時も傍を離れようとしないのだ。そのときの彼女の幸せそうな顔が好きだから、俺は何度も何度も彼女を酔わせたいと思った。そしてそのたびにひどくひどく俺に依存すればいいと思った。

「俺が帰ってきて嬉しい?」

聞くと彼女は俺を見上げて不服そうな表情を浮かべた。首に回された腕にぎゅううと力が籠る。

「ばかね。帰ってくるのは絶対なの。わたしは信じてるのよ」

普段の気の強い彼女が見え隠れする。きつい口調なのにやっぱりまだ額を擦りつけてくるから、俺は頬が緩むのを抑えられなかった。彼女はなおさら気に食わないようだったけど、ああ俺に蕩ける様もいいもんだね。

「でも隣りに、触れられる距離にカカシがいるのは幸せだわ」

それはまるで自分に言い聞かせるような言葉で、俺も染みわたるその響きにもっともだと思った。俺も名前の隣りに、触れられる距離にいることを心から幸せに思ってる。なんなら今ここでこのまま心中したっていいよと囁くと彼女は俺の胸に顔を押し付けたまま少し涙ぐんだ鼻声でまた今度ねと言った。



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