▼ カカシ

見てしまった。それ以上もそれ以下もない。ただわたしは見てしまったのだ。
3日間の任務を終え、報告に向かう途中だった。進行方向とは違う、ただ影になった視界に。
カカシと抱き合い、幸せそうに背中に腕を回す女性。それに応えて、キスをするカカシ。

(あいつまたあんな堂々と、)

節操のない男。冷めた視線を送っていたらカカシが少し顔を上げた。見られている気配がしたのだろう。やつの瞳がわたしとかち合う。
逸らしたのはわたし。背中に隠しもしない視線が突き刺さっているようで、わたしは意図的に走る速度を早めた。
今回の任務は単独とは言え少し手こずった。潜入任務だったので動きたいように動けなかったしそのイライラを充てる場所もなかった。重いため息を吐きながら待機所の椅子に深く座り込む。

「ずいぶんお疲れね」
「紅、」
「アンコたちと飲みに行こうってなってるんだけど、名前どう?」
「うーん…今日は止めとく」
「まあそれがいいわね。疲労感が滲み出てるわよ」
「そっかー…確かに疲れてるかも」
「早く帰って横になった方がいいわ。お疲れさま」
「ありがと。また誘ってね」
「ええ」


重い腰を上げて立ち上がる。頭がぼやーっとしていた。なるほど、思考回路まで低下している。
紅に見送られて待機所を出ると男が1人出てきた。

「あ、あの、名前さん」

後輩の上忍だった。何度か一緒に任務をこなしたことがある。その彼が、なにやら頬を染めてわたしを呼び止めたのだ。

「どうしたの?」

疲れてるんだけどなあなんて気持ちは圧し殺して愛想笑いを見せる。彼には優しい先輩に見えているに違いない。

「お話があります」

見覚えのある熱の篭った潤んだ瞳に、諦めたように頷いた。
たどたどしいキスが落ちてきて、わたしはうっすらと瞳を開いた。どうしてこうなったんだっけ。
ああぼおっとして考えがまとまらない。

確か、…そう、確か彼に好きだったのだと告白されて、丁重にお断りして、そうしたら一度だけでいいからと木陰に…

(…ふつう、野外でするか?)

あまりに切実そうに言うので乗ってしまった。一度でいいなら、と。それで彼の気が済むなら、と。
(それは、間違いだった?)

彼の唇が首筋に触れてびくりとした。自分とは違う何かの感触、というものに思考が少しはっきりしてきて、さっきのアレを思い出した。

節操のない男って罵ったくせに、わたしも大して変わらない。

(それにしてもこの人、気付かないのかな)
(刺さるようなこの視線と、殺気に)

彼の指がわたしの服に掛けられたとき、殺気の強さが視線を上回りひどく膨張した。
さすがに気付いたらしい彼は怯えた目でわたしを見上げる。可哀想に。

「ごめんなさい、やっぱりあなたの気持ちには…」
「いっいえ、俺こそすみませんでした…っ」

わたしの身なりを整えると彼はもう一度すみませんでしたと頭を下げた。もういいよ、簡単に受け入れたわたしだって悪いのだし、と宥めても彼は最後まで顔を上げなかった。本当に罪悪感を覚えたらしい。

彼の背中が見えなくなってわたしは何度目かわからないため息を吐いた。

「出てくれば?」
「さっすが名前。気付いてたんだ」
「…それ本気で言ってる?」

ガサッと木から降って来た男が隣に腰を下ろした。相変わらず飄々と笑う。

「女の子なんだから場所は選ぼうね?」
「あんたの相手は良いわけ?」
「あれはまあ…いいんだよ、いろいろと…うん」
「あっそう」

なにその顔。なんか文句でも?ふいに視線を逸らされて、カカシは木の太い幹にもたれる。風に彼の銀髪がそよいだ。

「今の彼氏?」
「後輩よ」
「付き合ってないの?」
「あんたがそれ聞く?」
「誤魔化すな。答えろ」
「…付き合ってないわ。さっき告白されて、それで、」
「…おまえね、」
「なによ、なにが言いたいわけ?」
「…はー。なんでもないよ」
「自分だって同じようなことしてたじゃない。どうせあの子だって彼女じゃないくせに」
「妬いてんの?」
「同罪だと言いたいのよ」
「あれはさー…ほら、一度でいいって泣くからサ」
「彼もよ。一度でいいって笑ってた」
「へえ…」

興味のなさそうな生返事のくせにカカシは小さく俯いてしまった。仕方なく視線を外し空に向ける。青いな。透き通っていて綺麗だ。

「なら、俺がそう言ったら?」

抑揚のない声。わたしは視線を動かさなかった。嫌なくらいに思考がはっきりしている。あるはずの疲労感さえ透き通っているような感覚。

「一度だけで良いから抱かせてくれ、なんて言ったら」
「止めてよ。変なカカシ」
「…俺はダメなんだ?」
「カカシは、」

わたしじゃなくても、言い掛けてつぐむ。言葉にしたくない、これは、

「いるじゃない、相手、なんて たくさん」

たどたどしい。さっきの彼のキスのようだ。手探りで、怯えたような指先。彼も怖かったのだろうか?
一度だけで良いなんて。
誰よりわたしが願って止めた。

「名前」
「あんな風に一度だけ、なんて言えるのが羨ましかった」

わたしはきっと触れたら最後、一生止めることなんてできなくなる。

「だから、カカシは一度だけなんて言わないで」

大切な人と、嫌というくらい幸せになり続けて。わたしは見てるから。ただ見ているから。
カカシの指が目尻を撫でて、初めて自分が泣いていることに気付いた。カカシの哀しげな瞳が揺れて見える。それが合図のように、堰を切ったように涙は溢れた。

「カカ…っ」
「うん、ごめんね」
「カカシ…」
「名前、泣かなくていいよ」

ぎゅっと引き寄せられてカカシの力強い腕がわたしを抱きしめる。

カカシが好きだ。
カカシが、
だから
嘘でも一度だけで良いなんて言えなかった。

(手に入れたら最後、わたしは決してあなたを離さないから)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -