▼ クラトス

クラトスって変な人。口数は少ないし夜はいつも決まって寝ずの番を買って出るし必ず最後尾を歩くし(まあ助かるんだけどね、)。
そしてなにかとロイドに構おうとする。コレットやジーニアスはともかく、リフィル先生はぜったいにあの人のこと疑ってる。わたしだってそうだ。いつ寝首をかかれるかなんてわからない。用心するに越したことはないんだ。あんな風に怪しい人なら尚更のこと。
 
「みんな、怪我には気をつけてね」
「よし、行くぞ!」

なるべくなら自分より大きい敵とは戦いたくない。恐怖が生じるからだ。けれどわたしはどちらかというと前衛タイプだから、後ろに下がってるわけにもいかない。ロイドほどではないけれど前に出て対峙している相手の鋭い刃を受けとめていた。女の身で力の強いものには敵わない。
なら、向こうからの攻撃は受けるよりも受け流した方がいい。

と、頭でわかっていても実際にそうするのは難しいことだったりする。だから年頃の女の子だというのに生傷が絶えない。

(い、痛い…真正面から受けちゃった、)

腕を深く傷つけてしまった、けれどまだコレットが詠唱中なのが見えて後ろに下がることを躊躇う。だらんと提げた腕を伝って指先の方に血が流れていく。
でもまだ戦える。これくらいなら戦闘が終わったあとにリフィル先生に癒してもらおう。

「ホーリーソング!」

響き渡るコレットの声を聞く。ロイドの動きを視界に入れて、相手への追加ダメージを頭で計算して、ジーニアスの詠唱が完成するのも読んで、
(よし、…いける!)

「ファーストエイド」
「!…クラトス?」
「気を散らすな、 来るぞ」
「あ、…はい!」

クラトスの支援のおかげで、わたしは腕に傷を残すことなく戦闘を終了させることができた。周りは誰も気付いてなかったし、クラトスもなにもなかったように歩き始めたから、わたしはコレットたちの方へ駆けていった。

クラトスって変だけど、悪い人ではないのかもしれない。と、思い始めた瞬間だった。
(あ、お礼言ってない)


(お礼…した方がいいかなあ)
(細かいこと気にしてうっとうしがられるかなあ)
(でもお礼くらい…)

「はい、温かいコーヒーだよ〜」

野営の場所が決まり寛いでいるとき、ニコニコしながらコレットがコーヒーの入ったマグカップをふたつ差し出した(え、ふたつ?)。
不思議に思って首を傾げると、コレットはクラトスさんの分だよ〜と尚もにこやかに笑った。

(渡してこいということか!)
 
「あのね、私の勘違いかもしれないけど…なにかクラトスさんにお話しがあるんじゃない?ずっとソワソワしてるよ?」

核心を突かれ、クラトスという単語にドキリとする。振り返るとクラトスは端の方でノイシュと共にこちらに背を向けていた(ああ、聞こえてなくてよかった…)。

「ね?行っておいでよ」

その笑顔に背中を押されるとなにもいえないなあ。ありがとう、とマグカップを受け取ってわたしは腰を上げた。
 
「ク、ラトス、さん…」
「 どうした」
「とっ …隣、いいですか?」
「構わん」
「どうも。…あ、コーヒーどうぞ」
「…ありがとう」

マグカップを渡す際、軽く手が触れてしまったけれどクラトスはなにもいわずに受け取った(変に意識してるわたしの方がバカみたいだ、)。
間に人1人分くらいのスペースを空けて、クラトスの隣を確保する。ノイシュはクラトスに寄り添うようにして眠っていた(わ、ノイシュが気を許してる)。

炎がぱちぱちと燃える光りを顔面に受けて、伏せるようにしてわたしは膝を抱えた。緊張して喉は確かにカラカラなんだけど、う、動けないというか(不覚だ…。変な人だと思ってた人に緊張してしまうなんて…)(だってよく見ると男性なのに綺麗な顔してる…!)。

「なにか用事があったのではないか」
「!…あ、ええと」
「楽にして構わん。肩が強張っているぞ」
「す、すみません、緊張しちゃって」
「…なぜだ?」
「……わかりません」

うわ、クラトスってけっこう喋る方なんだな。
クラトスの視線がわたしの方頬辺りに向けられているのはわかっていた。だからなのかもしれないけれど、わたしはずっと真っ直ぐ前(要するに焚き火だ)を見ていた。
どうしてクラトス相手に緊張してるのかなんてわたしだって知りたい。わかんないんだけどなんかドキドキして変なんだもん…!

「ク、クラトスさんは 眠らない…んですか」
「ああ、いつ何時敵に襲われるかわからんからな」
「そ、そうですね」
「お前も眠れるときに眠った方がいい」
「で、でもクラトスさんを残して眠るなんて、」
「私は慣れている」
「あ、そ、そう…ですよね、」
「…いや、気を遣わせてすまない」

なんかわたしドモリまくってておかしい子みたいだ…!冷めてしまったコーヒーを啜りながらチラリとクラトスを盗み見た。炎の光りを前髪に受けたクラトスは、なんだかとても綺麗だった。時間を忘れて見惚れてしまいそうなくらい。頬が急激に火照ったのがわかった。

(あ、……好きかもしれない)
(なんて、なに自覚してるんだわたし)

「緊張は解けたか?」
「え?」
「ずいぶんと顔色がよくなった」
「あ、え、…っ」

不意に視線がかち合うと、クラトスは軽く笑って見せた。一瞬の笑みだったけれど、わたしはそれをはっきりと見たし、脳裏に焼きつかせるには本当に充分なものだった。本当に綺麗な顔立ちだった。長めに伸ばされた前髪から覗く双眸がくっきりとわたしを捕らえている。

「あの…昼間の、お礼が言いたくて」
「お礼?」
「わたしが負傷したとき、クラトスさんが1番に気付いて、癒してくれたでしょう」

語尾は尻すぼみでなんだか情けない声色になってしまったけれど、なんとか言いきることができた。クラトスは一瞬キョトンとしていたけれどすぐに思い当たったのか ああ、と呟いて微笑んだまま目を伏せた。

「あのとき本当に助かったんです、だから。 ありがとう、」
「構わん。仲間として当然のことをしたまでだ」

本来の用事をこなせたことで一気に肩の荷が下りたようだった。
これからきっとコレットの旅が続く限りこういうことは幾度となく起こるだろう。そのたびにお礼を言うなんてことはできないだろうけれど、わたしが感謝しているということが伝わったのならそれでいいと思った。

(仲間、かあ…)

 

ライラックの炎

(できることならばこのまま時間が止まれば、)
(…なんて)
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