▼ カカシ
つんと冷たい風が頬を差す。無意識で肩を竦めて目を瞑った。鼻の頭がジンジンとして痛い。
いっそ、雪でも降ればいいのにと空を見上げたとき、いきなりなんの前置きもなしにぎゅっと手を握られて、びっくりして顔を上げると相手も同じくらいばかみたいな表情をしていた。
「え、」
「え?」
お互い言葉もないまま首を傾げて数秒見詰め合う。僅かにカカシの表情が困惑に歪みわたしは慌てて言葉を探し始めた。
「あ、えっと、手、…」
「…だめだった?」
「ちがっ、うけど、その、急だったから」
「ごめん、じゃあ止めとく」
「や!そういうことじゃなくって!」
「なーに?繋いでてもいいってこと?」
「ん、…うん」
「そっか」
声と共にカカシが顔を上げてしまう。額宛てと口布で表情は見えないけれどきっとわたしの考えは伝わった、はず(傷付けてない、よね?)再度ぎゅっと指に力が篭る。
妙に緊張してしまってぎこちなくではあるけれどそっと握り返して俯いた。
「かーわいいね、名前は」
追い討ちを掛けるように囁かれる声が耳元で聞こえる。わたしの頬はカッと染まった。暑い、まだ夏じゃないのに凄い高温だ、わたし。
けれど次の瞬間ふっと思う。名前は、ってカカシは言ったよね。じゃあわたし以外の可愛くない子を知っているんだよ、ね。我ながらなんとも幼稚な思考だと思うけれど。今こうやってカカシの隣りにいることに満足するべきだと思うけれど。
(カカシに、可愛くないって言われてる子に嫉妬してるなんて 絶対に言えない)
(カカシの声や言葉や気持ちぜんぶがわたしにあればいいと思ってるなんて)
「そんなことないよ。わたしの本性知ったらカカシ、引くかも」
苦し紛れにそういって笑う。ふっと顔を上げるとカカシの真っ直ぐな眼差しがあった。は、と息を呑んで、時間を奪われたような感覚に眩暈がしそう。わたしはなにも言えなくて中途半端な笑みを浮かべたまま、逃げるようにまた俯く。だめだ、今のはぜったいに失敗だった。
握られたままの指がつらい。だけど同じくらい愛しいよ。
すっとカカシの、繋がれていない方の手が伸びてきてわたしの耳の辺りに触れた。冷たい指が這う感触に背筋がゾクリとした。
「や、なに…?」
有無を言わさずに顔を上げさせられてそのままキスが降ってくる。少し熱いキス。名残惜しそうに離れながら次の瞬間は呑みこんでしまうようなそのキスに思考を奪われながら必死で空気を求めた。
「好きだよ、」
そう囁かれると胸がジンジンと痛んだ。耳の奥で鼓動が聞こえる(ああ破裂してしまいそう、)。
「とことん甘やかしてあげるから、俺のことだけ見てるといいよ」
カカシが愛を囁くたびにわたしは命を削られているような錯覚に陥った。いつもだった。いつもカカシはわたしに愛をくれた。だからわたしはその分いつもいつも見も知らぬ女の子に嫉妬を繰り返した。カカシの言葉ひとつに要らぬ心配をして笑ったあともよく俯いた。
カカシはそれをわかった上で咎めようとはしなかった。今のように溢れるようなキスばかりを降らせた。だからわたしはそれに甘えるしかない。
たった1度でも怒ってくれれば、突き放してくれることがあれば、それでもわたしは1人で立って歩く自信なんて欠片もない。ただカカシに縋って、カカシに助けを求めるしかない。
それはきっとわたしが望んでカカシが叶えてくれる、哀。
「カカシ、」
哀スクリーム
(叫んだら、)
(何か変わる?)