▼ 長曾我部

声が聞こえた気がして瞼を開けると、霞んだ視界にビールを呷りながらテレビのチャンネルを回す元親が見えた。どうやらソファで眠ってしまったらしく、身体の節々、特に首の筋が痛い。乱れた髪を撫でつけながら身体を起こすと掛けられた毛布がずるりと落ちた。

「え、ちょ、 なにしてんの」

寝起きの掠れた声が元親に届いて、彼は振り返る。しかもなんで裸なの(パンツは履いてるけど)。ああ?とか言いながらなんかちょっと見降ろされてるのが腹立つけど(身長差がある上なんか癖みたいだし)。
乾ききった瞳を極力まで細めてソファの上で精いっぱい伸びてみる。ああこんな小さなソファでなんか寝るもんじゃないと今さら後悔。

「てめえが呼んだんだろうが」
「…そうだっけ」
「携帯確認してみろ」
「んー…携帯どこやったっけ」

しっかりしてくれよーなんて呆れた声色で投げかけられて少しムッとする。彼女が無意識で求めてきてるんだからもうちょっと嬉しそうにしたっていいんじゃないの。
ソファの傍に落ちていた鞄を引きずり上げて中を引っかき回す。財布、メイクポーチ、その次に指先に携帯が触れた。開いてみると未読メールが1通。元親からだ。画面には素っ気なく待ってろ、とある。こういうとこ優しいよね。ちゃんといちいち返信くれたりするとこ、好きだな。そのあとに送信ボックスを開いた。彼が言ったとおり、わたしが元親を呼んだと思われるメールもきちんと残ってる。おかしいなあ、ほんとに無意識でメールしたみたいだ。

「あったろ」
「うん、あるね」
「なんかあったのかと思ったろーが。チャイム押しても出ねえし」
「ん、寝てた」
「人呼んどいて爆睡してんじゃねっつの」

ごめんごめんなんて笑いながら手を伸ばすとすぐに元親の背中に触れる。少し高い体温(子供体温だよねって笑うと怒るけど)にすり寄りたくなる。
元親に触れるとひどく感じる他人のぬくもりが怖い。依存してる事実を突き付けられているようだから。だからひとりで眠るベッドとかは嫌いなんだ。

「ね、お腹空いた」
「起きてそうそう飯かよ」
「あーでも時間微妙だなあ」
「んなら買いもん行くぞ。冷蔵庫空っぽだかんな、この家」
「えー、外あっついよ元親…」
「文句言うな」

少し口角を上げながらわたしを見降ろす元親はソファの端に手をついてそっと顔を近づけてきた。影が落ちてきて少し暗くなる。鼻と鼻がくっつくくらい近付いてから、いつの間にか彼の手が頬辺りに触れた。くすぐったさに身をよじった先で見たのは、珍しく真剣な顔の元親だった。もしかしたらわたしの異変を感じ取ろうとしているのかもしれない。わたしが急に会いたいなんて言ったから、心配してくれているのかもしれない。露わになっている彼の首筋にそっと手を置いた。そして見上げてみる。綺麗な瞳。曇りなんて一切見えない。羨ましすぎて時折憎くて仕方ない。そして同じくらい、好きだ。

「わたし、元親の子どもがほしい」

彼の唇が触れるか触れないかの距離で呟いた。途端にほんの少しの隙間が空いてしまう。

「元親のこと、手放したくない。縛りつけてたい」

彼の通過点になどなりたくない。できるならずっとずっと彼の隣りに居続けたい。元親の首に腕を回して些か強引に引き寄せ、その唇に口付ける。思うようにできなくて少し泣きそうになった。がむしゃらに求めることしかできない女なんて嫌よね。でもそうすることでしか生きられないわたしは、空気を吸うように彼を求める。その間、ずっと彼がわたしの頭を撫でてくれていることになんて気付かないくらい、まるで酸素を失った魚みたいに。
(なのに酸素の中では生きられない)
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