▼ 毛利

「ゆび、きれいですね」

畳まれた膝の上にそっと添えられた手の甲、その先に延びるしなやかな指がとてもきれいだったから、わたしは思ったとおりにそう言った。もとなりさまは一瞬瞳を細めて怪訝そうな表情でわたしを見て、鼻で笑って見せた。その姿も、おうつくしいと思う。

「我は貴様とは違うのだ」
「そうですね、わたしの指は…ボロボロです。焼けているし、ところどころ切れています」

だってこの間まで畑仕事をしていたんだもの。泥も鍬も冷たい水にも何度もさらした指なんだもの。でも母さんは綺麗で立派だって言ってくれたよ。わたしの誇りだった。だけどわたしの村をお侍さんが襲ってからは、生活が一変した。焼け野原でただ茫然と数日を過ごした。もうだめだと地面に頬をつけたら、もとなりさまがわたしを見降ろしていた。綺麗だと思った。お天道様を背中に受けながら、冬の水みたいな瞳でわたしを射抜いていた。それから目覚めるまでの記憶はない。お城の女の人が、もとなりさまがお助け下さったのよと教えてくれるまで自分が生きているのかどうかさえわからなかったし。
とにかくわたしの命は今、もとなりさまの手の中にあった。そう、この綺麗な手の中に、だ。

「もとなりさま、どうしてわたしをお拾いになったのですか」
「ただの気まぐれぞ」

ふい、ともとなりさまは顔を背けてしまった。障子の向こうのお日様を見ているようだった。わたしはただ一日中そんなもとなりさまの傍で座り続ける。時折背中が痛くなって壁に肩を預ける以外、物のないこの部屋ですることなんてなかった。もとなりさまが怒るから、かくれんぼや鬼ごっこはできないし、畑仕事もさせてもらえない。話し相手はもとなりさまか、お手伝いの人くらい。戦が近くなればぴりぴりした雰囲気が伝わり、それさえも叶わない。わたしはずっとこの箱のような部屋で座り続ける。いつまでかなんてわかんない。最初は死ぬまでかな、と思っていたけれどもしかしたらもとなりさまに飽きられるまでかもしれない。

「退屈か」

静かな声で問われて、わたしは畳から目を上げた。もとなりさまはわたしをじっと見ていた。探るような視線。わたしはなにか答えなければ、と唇を開いた。けれど言葉が出ない。肯定して追い出されでもしたらどうしようと思ったのだ。わたしがどんなに小さくても、このお城から追い出されたら生きていけるかどうかなんてわかりきっていることだった。

「いいえ、」

だから子供ながらに嘘を吐いた。もとなりさまの瞳はまた細くなった。きっと嘘だってわかったんだ。余計に背筋がひやっとしてわたしはパッと視線を反らす。怒られるかもしれない。

「も、もとなりさまがいて下さるから、退屈なんてしません」
「戯言を」
「ほんとうです!」
「ならば貴様の心の内を吐いてみせよ。我は退屈ぞ」
「え、…」

もとなりさまの瞳はまたお日様に向けられてしまった。けれど少しほっとする。もとなりさまがこっちを見てるとなぜだか緊張してうまく話せないことが多い。静かに息を吸ってから、わたしは頭の中を探った。もとなりさまのお気に召す話しなんてわたしの中にあっただろうか。
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