▼ 片倉

想像していたよりももっともっと大人っぽく、そして男の人の指であったことにわたしは驚いた。この手で刀を握り、政宗さまをお守りしているのかと思うと愛おしくて仕方ない。
指の腹、爪、根元、手のひら、手首。どれをとってもわたしのそれとは違う作りであり、意味も使命も存在意義も変わってくる。わたしはなるべく優しく丁寧に触れた。浮かんだ血管、潰れたまめ、その余りにも身体を駆け巡る愛おしさにわたしはつい、無意識で唇を寄せてしまった。はた、と我に返って目線だけを上げてみる。

「こ、じゅ」

彼は頬を真っ赤に染めてわたしを凝視していた。切れ長の美しい目尻が僅かに潤んでいて艶がある。薄っすらと開かれた唇はなにかをもどかしそうに伝えようとしているけれどその意向は汲み取ることができない。

「こじゅうろう?」

わたしが呼ぶと彼ははっとして顔を反らしてしまった。ぴくりと寄せられた眉が揺れる。もう一度覗き込んで名前を呼ぶとふいに顔を引き寄せられ、息を吸う間もなく口付けられた。まるで呑み込んでしまうかのような乱暴、かつ彼らしい優しさの溢れた口付け。あまりの強引さに、彼の指を握っていた手のひらに力が籠る。彼はそれを見越したように、頬に宛がった手を後頭部に回し、包み込むように、安心させるように撫でてくれた。

「ふ、…あ」
「馬鹿野郎、」
「や、っだ、…」
「もう遅ぇよ」
「こじゅうろう…っ」
「お前が余りにも可愛いから、」
「んっ、こじゅ…!」

わりぃ、余裕ねえわと申し訳なさそうに笑った小十郎の背中に天井が見えた。なんて幸せな風景だろうか。小十郎以外見えないなんて。

嬉しくて嬉しくて自制も効かないうちに涙が溢れた。温かい涙だった。何度も見せてきた泣き顔だけどやっぱり恥ずかしくって腕で隠す。頬とか鼻とか耳とか真っ赤なんだと思うと情けない。

「名前、」
「小十郎だけだよ。わたしを泣かせていいのは、小十郎だけ。だってわたし、小十郎以外の前じゃぜったいに、泣かないもの」

反応を伺いたくて腕の間からそっと覗いた小十郎がとてもとても優しい顔でわたしを見ていたから、余計に嬉しくなって恥ずかしかった。ああだめだ心臓がばくばく言いすぎてわたし死んじゃいそう。

「死んじゃいそう、こじゅうろう…っ」
「そりゃあ困ったな」
「ほんとに…っわたし、心臓おかしいもん…!」
「だろうな。見てりゃわかる」
「や、もう、ほんとにちょっと1人にしてよう…っ」

耳までかああと熱くなってきたのが自分でもわかる。小十郎を押し退けようと突き出した両手さえ掬われるように取られて顔を隠すものがなくなってしまった。仕方ないので最後の抵抗として反らす。

「可愛いな、お前は」

喉でくつくつ笑われるけれど今はそれどころじゃない。小十郎のせいで変な汗までかいてきちゃったじゃん!わたし今きっと甲斐の若子くらい滾ってるよ。ううんきっと彼以上かも。自信あるわ。城中を小十郎ォォォって叫びながら駆け回ってもいいよ。

「こ、こじゅうろう…」

うそ。ほんとは名前を呼ぶだけでもう意識を手放してしまいそうなほど熱いの。わたしの両手を片手で押えてしまった小十郎は空いた手でわたしの頭を撫でてくれた。安心するけれど、子供扱いに少し唇を尖らせて。
そうしたら下りてきた親指でそっと唇をなぞられる。ぞくりとした。その甘い感覚に酔ってしまいそうだった。僅かに期待の視線で見上げてみる。わたしを見透かしたように、操ってしまいそうな優しい瞳とかち合う。

「好き、」
「それは手がか?」
「意地悪、さっきの真っ赤な顔はどこに行ったのよ」
「いやいや、名前には負ける」
「う、うるさい…!」
「さっきだけじゃねえぜ。布団の中で物欲しそうに見上げてくる顔もたまんねえな」
「こじゅうろうのへんたいいいいい!」

発火死

(死ぬときはあなたの周りを華麗に舞う火花として散りたいわ)
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