▼ 片倉

伊達軍唯一の忍びの謀反の報せは瞬く間に城中を駆け巡った。皆の面前で政宗さまの首にクナイを突き付けてやったのだ。あのときの政宗さまの顔ったらなかったな。ぽかんとして固まっておられて、声さえお上げにならなかったのだから。
ただ本当に驚いておられて、ああわたしの築き上げた信頼も捨てたものではなかったのだ、と自嘲気味にほくそ笑んだ。
そのときだ、風の如く一閃が振り下ろされて、間一髪のところで避ける。身につけていた布が僅かにぴっと音を立てて破れた。さすが、竜の右目と呼ばれるだけのことはある。部下であっても、主に背きし輩への配慮はない。

「テメエ、自分がなにしたかわかってんのか」

ざわめいていた部屋が小十郎さまの一声で一蹴された。しん、と静まり返る。政宗さまの後ろからすっと立ち上がるが政宗さまは未だ放心状態で身動きひとつない。ごめんなさい、わたしの自己満足のためにあなたの御心に無暗に触れてしまいました。ですが後悔はしていません。

「傷でも付けて差し上げようかと思ったのですが、残念です」
「表へ出ろ!叩き切ってやる!」

小十郎さまの咆哮に、そのときようやく顔を上げた政宗さまと目が合う。瞳を見開いておられるだけで、あとはなんら変りない主の顔。喜びも悲しみも浮かんではない。ただなにかを探ろうとしているのかじっと見つめあう。

「名前、」
「申し訳ございません、政宗さま」
「な、なんかのジョークだよな?んな怖い顔すんなよ、名前」
「政宗さま、わたしはあなたを手に掛けようと致しました。この謀反、赦されるものではありません」

どうか天下を。皆が笑って暮らせるような、そんな幸せな天下を。あなたの理想を信じ、付き従う者たちがおります。わたしはもう、その中には含まれはしませんが、どうか必ずあなたの世界を確立して下さい。
わたしは所詮女でした。忍びに染まることはできませんでした。双竜と共に戦場を駆けたことがわたしの一生の誇りでございます。伊達軍から謀反者が出たというのは不名誉なことではございますが、わたしは幸せでございました。

言いたいことはたくさんあったけれど、どうしてか喉が詰まってなにも言えなかった。そうか、言うべきではないのだとわたし自身が抑制しているのかもしれない。

政宗さまの耳元で囁いたさよならが、それを聞かされたときの政宗さまのお顔が。

「名前、…!」

持ち前の身軽さで身を翻して廊下に躍り出るのと同時に、政宗さまのお叫びになった馬鹿野郎、が背中を押す。もう後戻りはできないのだと言い聞かせるように。追ってひとつの足音。振り返らずともわかる、小十郎さまだ。わたしを殺しにやって来るのだ。わたしはなるべくゆっくりと走り、人気のない場所を脳内で模索した。


(小十郎さま)

ふ、と彼の笑顔が浮かぶ。味気ない走馬灯だった。もっと今までの楽しかったことを思い返せばいいのに、いつだってわたしの脳裏に浮かぶのは、この人の笑顔ばかり。

喉に詰まった血を吐き、静かに目を開ける。ぼんやりと靄の掛かった視界の向こうに、わたしに馬乗りになった小十郎さまが見える。いつもきちんと整えられた御髪は情けなく乱れて、顰められた眉が悲しみをひしひしと伝わせてくる。

「こじゅうろうさま、」
「喋るな」
「こ、じゅうろう、さま」
「喋るなっつってんだろうが」
「わたしはもうすぐ逝きます、どうかお聞き下さい」
「うるせえ、…黙ってろ、」
「泣いておられるのですか、こじゅうろうさま」
「なんで、…なんであんなことをした」

もうあなたのお顔が見えない。震える手を差し出すときつくきつく握りしめられた。温かい、小十郎さまの手だろうか。ぽつ、と手の甲に水滴が落ちてくる(ああもう、ほんとうに、見えない)。

「こじゅうろうさま、まさむねさまにごめんなさいってつたえておいてください」
「自分でしやがれ、」
「まさむねさまをきずつけるつもりは、なかったんです」
「ならなんで…!」
「こじゅうろうさま、ずっとおしたいしておりました」

言い切るとぶわ、と目尻に涙が浮かんだ。話すのもままならないくらい大粒の涙が伝っていく。どうしたんだろう。死ぬのが怖いのだろうか?こんなに温かいのに?こんなに幸せなのに?これが、わたしの望んだ結果なのに?

「こじゅうろうさまが、ほかのおんなのものになるなんて、たえられません」
「おまえ…なんでそのこと、」
「こじゅうろうさまはおことわりになるつもりだったのでしょうが、それでも」
「名前、」


あなたの手にかかって死にたかったのです。
女として、忍びとして、あなたを慕ったひとりの人間として。


さあ、留めを

(ひとつざんねんだったのは、わたしをいつくしむあなたのおかおをはいけんできなかったこと)
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