▼ 伊達

その強い目に射抜かれたように睨まれて、情けないことに怯んでしまった一瞬 視界の端から駆けてきた女性がその男に縋りつき、悲しげな表情でわたしを見た。クナイを持つ手が震えた。もしもわたしがその男を殺してしまった後だったら、きっとの表情はそんな生易しいものではなかったはずだ。
幾度となく経験しても、これだけは慣れない。人を殺す感触はもう日常茶飯事なのに、その顔は、その目だけは。

「お願いします、…引いて下さい」

度胸がないと笑われるだろうか。覚悟がないと叱られるだろうか。
汗をかいた拳をぎゅっと握りしめて、持ち前の身軽さを精一杯生かしてわたしは翻した。ひどく悲しい気分だった。言い知れぬ不安と焦りがない交ぜになって、喉をなにかで締め付けられているような。そんな息苦しさに涙が浮かんだ。膝を折って前屈みに、ゆっくりと倒れる。気付くともう、雇い主の城の中だった。自分の里や家ではないのにあの人がいるのだと思うとなぜだか少し心が穏やかになるのがわかった。自分の身体を抱きしめるようにして、それからぎゅっと目を瞑った。どこか遠くで狼の慟哭が聞こえる。それだけの静かな夜だった。

ふ、と目を開ける。なにも変わらない廊下と、先の見えない道があるだけ。立ち上がろうと片膝を立てたとき、不意に後ろから肩を軽く掴まれた。

「…!」

咄嗟に引き抜いたクナイを相手の首筋に当てる。それに気付いていたはずだけど特にこれといった行動も起こさず、相手はわたしを見つめていた。

「あ、…あ」
「あんたが俺の気配に気付かないなんて、な」
「ま、 さむね、さま」

力の抜けた腕が下りて、わたしはさっきとは違う意味で冷や汗をかいた。取り乱していたとはいえ、主に武器を向けてしまうなんて。

「もっ申し訳ございません…!ご無礼を!」
「いや、いい。なんか様子がおかしかったみたいだからな」

申し訳ございません、と心持ち俯いたままもごもごと呟いた。彼でなかったらわたしは今頃処刑でもされていたかもしれない。素早くクナイを懐にしまうと手首を取られ、すっと立ち上がるよう促される。歩けるか?と覗き込まれて聞かれたのでわたしは はい、と心のない声で返事をした。

手を引かれて歩いた先は、わたしに宛がわれた部屋だった。忍びのわたしには少々豪勢すぎるのではないかと抗議したことがあったけれど、結局政宗さまは取り合ってはくれなかった。ただ、俺がそうしたいのだ、と。
思い出して少し恥ずかしくなった。彼の言葉の真意はわからないけれど、わたしに勘違いをさせるだけの衝撃はあってしまったのだから。唇をきゅっと結ぶと、それに気付いた政宗さまが掴んでいた手首を放して、代わりに指に指を絡ませてきた。

何事かと顔をあげるとその隻眼がわたしを見つめていて、は、と息を飲んだ。開けた窓から差し込んだ月明かりが彼を照らしているその様がなんと美しいことか。わたしは声も出せず永遠とも思えるその瞬間に眩暈さえ覚えた。

「政宗さま」

わたしも彼の傍にいたい。傍にいて、一緒に戦いたい。そう願うことを赦してほしい。

「らしくないな、瞳が潤んでるぜ」
「政宗さま、わたしはいつもお傍に。お傍で政宗さまをお守り致します」
「…向こうでなんかあったのか」
「…任務には失敗してしまいました、申し訳ございません」
「お前が無事なら構わねえ、…と、言いてえところだが」

ずいぶん乱されちまったらしいな、と冗談めかした声色に、わたしは再び顔を俯けた。なんて無能な忍びなのだろうかと自分で自分が嫌になる。そのとき、繋がれたままの政宗さまの指に力がこもった。けれど強くはない、わたしに配慮された、それ。

「本当はな、お前にそういうのはさせたくねえんだ。俺の城で俺の帰りを待っててくれりゃいい。けどお前は忍びだからな。そんなこと望めば、お前を侮辱することになる」
「そんな…」
「俺が直接お前を守ってやるのは難しいかもしれねえ。だから、このでかい戦が終わったらよ、そのときはお前を正室として迎えたいと思ってる。もちろん今の仕事は止めてもらうことになるがな。そんで死ぬまでお前を守らせろ。…You see?」
「まさむ、ね、さま…」

込み上げてくるなにかに耐えられず眉を寄せて顔を上げると政宗さまは照れたように笑っていた。穏やかな微笑みだった。

「政宗さま、政宗さま、…まさ、むね、さま」
「Don't cry…我慢できなくなるだろうが」

この方のために果てたい。この方のための命になりたい。ずっとずっとそう思ってた。この方の生きる糧になれれば、と。わたしは彼に仕える忍び。彼が望むならなんだって。

「政宗さまの、お心のままに」


夢の最果て

わたしもいつかあんな目をするのだろうか。政宗さまを奪われそうになったら。政宗さまを奪われてしまったら。慈悲や憎しみ、悲しみの交じったあの鋭い目を。
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