▼ 真田

からかって遊ぶのが好きだった。真っ赤になって照れるから、もっともっと意地悪してやりたかった。わたしの一挙一動に慌てたり落ち込んだり、笑顔を見せてくれるから ただそれだけで、前を向くことを後回しにしていた。
手の中のクナイに視線を落とす。どろりとした赤い液体が付着していて、そうあるべき武器がどうしてか吐き気を催すほど気持ちが悪いと思った。なのに頬の皮膚は引き攣ったような表情しか生まない。
ああ、死んでいるんだ。
わたしの感情は、死んでいるんだ。だってそうだ、ずっとずっと前に殺した。わたしは忍びなのだからなくて当然、死んでいて当然。
握りしめたクナイに手のひらの熱が伝わって余計に嫌な気持ちだった。

(嫌?嫌って なんだ ?)

少し前に、先に飛ばしたクナイの行方をたどる。投げた。狙った。…目標に当たった。そして今もそれは彼の、幸村の肩に突き刺さったまま、まるで誇らしげに見せつけるように わたしと天を仰いでいた。

う、と呻くと幸村はクナイを引き抜いた。少量の血が飛んで、クナイがからんと地に伏せる。いつも手入れを怠らなかったわたしの武器が赤黒く鈍るとまるで死んでいるように濁った。

そのとき、わたしの目は幸村のそれと合った。ひどい憎悪の目。けれどその向こう側に隠しきれぬ戸惑いの色があった。見つけるべきではなかったと思ったけれどもう遅かった。

「そ、某は…っ 名前殿と戦いたくは、…ない…!」

吐きだすような息で言うとその目が揺れた。悲しみを含んだように切なげに、寄せられた眉が物語る思い出が すべて作り話のように脳裏を過った。

戦場を駆ける一陣の赤い風がおもしろそうだったから、ちょっかいを出した。見知った忍びが仕えていたから余計に興味が沸いた。言葉を交わしてみるとその純粋さに吐き気がした。眩しくて目障りで大嫌いだった。それがどうしてなのかは知っていた。だからひどく居心地が悪かった。それを八当たっても幸村は凛として無垢なままだったから、

「わたしはあんたを殺す、命令だから」

死んだ感情がふつふつと蘇るように浮上した。怒りと悲しみと苦しみと、あとはなんだか知らない。名前がわからない。
身を裂くようなその痛みに、わたしは耐えられなかった。幸村を殺したいと思った。そう思っていたときに、仕えている主に武田軍主力の暗殺を承った。わたしはその足のまま幸村の元に走った。幸村はわたしを見ると歓迎の意を示す笑顔で名前を呼んだ。

一定の距離を保って強く投げつけたクナイが、無防備なままの幸村の肩に刺さった。驚いて、けれどそのまま持ち堪えて叫ぶから、わたしは今日はあんたを殺しに来たのだと告げた。幸村はひどく悲しそうな顔をした。初めて見る顔だった。

すべて即席のお伽噺のようだけれど、紛れもなく其れは本物だった。本物の、戯曲だった。

「なぜだ!この幸村、そなたとは良き友になれると…っ」
「そっか、残念だね」
「名前殿!」
「わたしは友達になんてなりたくなかった」

ずるい。あんたばっかりそんな顔できて、ずるい。わたしには少しだって分けてやくれないくせに。あんたばっかり、あんたばっかりが。わたしはだめなのに、わたしはできないのに。

「わたしは!あんたなんか大嫌いだった、…ずっと!」

あらん限りの声で叫んで、誰かが走って来る音が聞こえてもとっくに猿飛の気配がしていても わたしは忍びであることを忘れたようにひどく幼稚な言葉の羅列を幸村にぶつけた。大半はずるいであったりあんたなんかであったりととても会話をするに至るようなものではなかったと思うが。

「死ねばいいのに、…あんたなんか」

死ねばいいのに!と締めくくると思い出したように深く深く息を吸った。
身を焦がしていた燃え上がる憎悪がしだいに消えていく。冷静になった頭で、次の瞬間なぜかひどく幸村に触れたいと思った。ぐにゃりと視界が歪んで、目前の赤が滲んだ。頬が熱くて、上手く息ができなくて、顎を伝って落ちた水滴が知らないうちに落としていたクナイに注がれた。
止まらない。止まることを知らないようだった。次から次へと大粒の、涙が落ちた。

「ああああああああああ」

わたしは忍びだから任務に失敗したって切腹なんかしない。だけど今は、このままクナイを胸に 何度も何度も突き刺したいと思った。
この脈打つ心臓が憎い。幸村ばかりを求めて止まないこの心臓が、ひどく憎い。
なら死んでしまえ。
あのときのように、邪魔になったから殺してしまった感情のように死んでしまえ。何度も何度も頭の中でそう繰り返して、けれど実際は立っていることもままならなくなって膝から崩れ落ちるだけだった。


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