▼ 七松

六年生の頭巾を取ってくること。手段や味方の人数に制限はなし。期限は本日の日没まで。では開始!

先生のその言葉とほぼ同時にザッと飛んで行った影に目線を投げる。恐らく三郎だろうけど…あいつ、誰の狙うつもりなんだろう。
とりあえずわたしも標的を探し出そう。
ふああと大きなあくびを一つして歩き出す。この時間帯、六年生に授業はない。

潮江先輩や食満先輩は出来れば遠慮したいな。戦闘を回避出来なさそうだし。だからと言って立花先輩や中在家先輩は怖いしなあ…ここはやっぱり、善法寺先輩…(は、だめだ。既に作戦会議中の兵助と竹谷の第一希望だったの聞いた)それなら仕方ない、かな。

「気乗りはしないけど」

思いを寄せている相手から頭巾取るなんて、…出来るのかな、わたし。


ため息を空風に攫われながら歩調を上げ、目当ての長屋まで。
いつもの騒がしさがないし、滝夜叉丸が中庭で戦輪の練習してたからきっと委員会の活動はしていない。1人で裏裏山まで登ったり下りたりしてる可能性は充分にあるけれどここは一応、女の勘ってやつで。

「……、な、七松先輩」

緊張して少し泣きそうになった。制服をぎゅっと握って震えを抑える。…あ、しまった。頭巾を取ってくるって課題なのになんでわたし真正面から行っちゃって…!
慌てているうちにスススと襖は開いてしまった。ひょいと七松先輩の顔が覗き込んで来る。

「名前か?どうした?」
「あっ、わ、えっと!すみません!」
「どうして謝るんだ?とりあえず入る?」
「は、はい…!」

七松先輩と真正面から対峙する格好になってしまった。内心ため息を吐きたいわたしの気持ちなんて露知らず、七松先輩はどこかうきうきした感じで見つめてくる(たぶん遊びに来たんだと思ってる、この人)。

部屋はシンとしていた。中在家先輩は図書室、かな。

「で、どうしたんだ?」

(もうこのまま頭巾貸して下さいって、それでいいかな)
(なんか良心痛むような気がするけど、…あ、)


「七松先輩、困ってることとかないですか?わたしお手伝いします、その変わり、」
「困ってること!」

その変わり頭巾貸してくれませんか、と言おうとして言葉を区切る。思いの他七松先輩が食いついてきたのだ。さっき以上に瞳をパアッと輝かせて若干前のめりの姿勢でキラキラの満面の笑み。

「実は最近眠れなくってさあ、困ってたんだ!」
「は、はあ…」
「名前、添い寝をしてくれ!」

…この人は、本気だろうか。いやきっと本気なのだろう。だってそんな顔してる。そして1度言葉にしたら実行するって顔もしてる。軽く冷や汗をかきながらもわたしは承諾のための笑みを作った。

「七松先輩、どうして最近眠れないんですか?」

いつもでは有り得ない角度からの七松先輩を見上げる。髪が垂れた首筋が妙に色っぽくて不本意ながら頬が染まった。こんなチャンス、滅多にない。きっともう一生、巡り会えないかもしれない。そう思うとじわっと目尻が潤んだ(こんなにも情に流され易い忍もどうかと思う、)。

「寒いからじゃないかなあ」
「…お布団は?」
「知らないうちに蹴飛ばしてしまってね」

あはははと愉快そうに瞳を細めて笑う。それさえも少し切なく思った。この笑顔をもう見ることがなくなる世界にわたしは歩いて行かなければならないのかと思うと気でも狂ってしまいそうだった。寂しいとか悲しいとかじゃなくて、もっと深くて広くて重くていやな感情。
だけどわたしはきっとそれがあるから七松先輩を好きでいるし、こうやって泣きたくなる。好きですと言ってしまいたくなる。

「名前は温かいな」

優しい声色と共に七松先輩の腕が背中に回った。1度ぎゅっと抱きしめられて緩く頭を撫でられる。いつも塹壕を掘るときの手付きとは違う、繊細な柔らかい指の動き。髪を掬われて耳を掠められて、目を伏せても頬の染まりは隠せなかったと思う。

「ごめんな。今だけでいいんだ」

まるで耳元で囁かれたみたいにダイレクトに言葉が響いてくる。もう顔を上げることが出来ない。胸が高鳴りすぎて、この次を期待しすぎてしまって、もう七松先輩を目を合わせることさえ出来ない。

「おやすみ」


パタン、と襖の閉まる音。ハッと目を開けると見慣れた長屋の天井だった。けれど知らないシミがある。身体を起こすと自分の部屋ではなかった。するっと肩にかかった布が膝に流れ落ちた。途端に恋しくなる温もり。

「あ……!」

覚醒した脳が記憶を呼び覚ます。頭巾、…そうだ、六年生の頭巾取って来なくちゃいけなくて、それで七松先輩、……七松先輩は?!

見渡す限り部屋にはいない。じゃあさっき出て行ったのがそうだろうか?起こしてくれればよかったのに、どうして…

「……これ、」

頭元には丁寧に折り畳まれた深い緑の布があった。見ただけでわかる、六年生の頭巾だった。
掬い取ってみるとひんやりとした感触が指を包む。冷たいけど悲しくない。悲しくないのに涙が零れた。

(うわ、やだ、どうして)




なにもかもぜんぶ知ってたんですね。頭巾を取ってくるって課題でわたしがここを訪れたことも、寝不足であったことも。
いくら先輩だって襖を閉める音なんて立てないくせに。

日没まであと半刻。頬は未だに染まったまま。
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