▼ 竹谷

いいじゃん付き合えよと竹谷に引っ張られて居酒屋の暖簾をくぐるとすでに馴染みのメンバーが揃っていた。個別のお座敷。薄暗いそこに竹谷と2人割り込んで座る。久々知に渡されたメニューを受け取り、とりあえず…ウーロン茶かな(明日も早いし)。

「名前、決まった?」

雷蔵に言われてメニューから顔を上げる。ウーロン茶にする、と前もって決めてあった台詞を吐こうとしたら先に隣から声が上がった。

「俺と名前は生な」
「えっ」

ぎょっとしている間に雷蔵のわかった、と言う返事。声の主である竹谷を振り向くと素知らぬ顔でメニューに視線を落としていた。

「竹谷…!」
「な、これ頼んでいいか?名前これ好きだろ?」

逆にニッと屈託のない笑顔を向けられて反論できない。こいつ、七松先輩に次ぐ暴君か…!


頼んだ品が運ばれるまでの間は最近のことを話し合った。朝方は冷えて仕方ないだの先輩後輩にめっきり会わないだのバイト中に可愛い子を見つけただの。だいたいは久々知と三郎が喋り倒してわたしと雷蔵は聞く側だった。
竹谷は聞いてたのかどうかしらない。ずっと携帯を触っていた。ただ時々思い出したようにへえやらほおやら言ってはいたが。

頼んだ品が運ばれて来てからはみんながみんな食べ始めたので少し静かになった。わたしは仕方なくビールをちびちび舐めるようにして飲んだ。
その間も竹谷は自ら話そうとはしなかった。

おもむろに携帯を取りだし、メール作成画面を開く。宛名は竹谷。とりあえず不服をぶつけてみることにする。

今日なんか変、竹谷

ボタンを押すとメールはすぐさま飛んで行った。視界の隅で竹谷の携帯がチカリと点滅する。すでに携帯を手にしていたがすぐに読まれたかどうかはわからない。
パタンと閉じて膝に起き、唐揚げを摘まんだ。

すぐに膝で携帯がブーブーと鳴る。ディスプレイには『竹谷』の文字がてらてらと浮かぶ。

そうかあ


これじゃあ納得してるのか質問してるのかもわからない。っていうかメール続ける気ないだろ、こいつ…。唐揚げを頬張りながら携帯を握り締める。こうなったら意地だ。

なんかあったの?

そんな風に見える?

見える。あったの?

あってほしいのか?

ここまできたらね。で?

別に大したことじゃないから

その大したことじゃないことに振り回されてるのよ、わたし

え?いつ?

今!

ふーん

で、なにがあったの?

飼ってた犬が死んだ


そのメールが返ってくるのに少し時間がかかった。といっても3分も経ってないくらいだけど。30秒足らずのメールのやりとりをしていたわたしにとってその間はとてつもなく長く感じられたし、それに感染したように返信するための言葉が見付からなかった。指が凍り付いたように動かない。
飼っていた犬って、いつも竹谷が可愛がっていたあの犬だろうか。まだ子犬で人見知りもしないあの元気な、竹谷の、ああ あのこ、 死んじゃったんだ。
竹谷を見ると竹谷もわたしを見ていた。なんの濁りもない、いつもの竹谷だった。まるでわたしの方が可笑しいみたいじゃないか。目線をずらすとポケットをまさぐった竹谷がテーブルに千円を何枚か置いた。
そして膝の上で携帯を包んでいたわたしの手を握る。

「わるい、こいつ気分悪いみたいだから俺ら帰るわ」
「もうかよ、お前から誘ったくせに」
「三郎もちょっと飲みすぎ、ほどほどにな。雷蔵、兵助、あと頼む」
「おー」

抵抗と呼べる抵抗もないまま引き上げられて店を出る。あ、ちょ、わたし自分の分のお金払ってないのに…。

夜風は容赦なくわたしたちに吹き付けた。外気にさらされた頬や耳や鼻の頭が痛い。すぐに持っていたマフラーをぐるぐるに巻きつけて尚も引く竹谷を追う。
掛ける言葉がなかった、見付からなかった。だからただついて行くしかなかった。

「名前、タクシー拾うか?」
「ううん、大丈夫。電車で帰れるよ」
「…送ってく、」
「ありがと」

ぎゅうぎゅうに握られた手から竹谷の体温が伝わってくる。嬉しいはずなのに言葉にならない気持ちが苦しくて息を飲むのも痛いと感じた。まるで心臓を握られているようだ。
わたしはもうすぐ血を吐いて死ぬかもしれない。そしてそうなったときにはもうすでに竹谷は出血多量で死んでいるのかもしれない。

擦過傷に沈む
(何度やったって)
(報われない)

081225
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