▼ 食満

※食満?七松?

「…ばか、きらい」

邪魔だとあしらわれたのはついさっきのことだ。はっきり邪魔だ、とそう言われたわけではないけれどあれはもうきっぱりと邪魔だどっか行けと言われたのと同じことだと思う。
こっちを向いてくれさえしなかった。きっとわたしの顔なんか見たくないくらいわたしのこと邪魔だと思ったんだ。

顔を向けずに手の平を1回ひらりとさせた食満の背中がぼうっと頭に浮かぶ。
…用具を管理していた彼の横顔が、なんだかとっても知らない人のように思えただけなのに。

「名前どうしたんだ?そんなにがっくり肩を落として」
「…小平太、」

後ろから追い抜くような勢いで走ってきたのは頬に泥をつけたまんまの小平太だった。手にクナイが握られているので塹壕掘りの直後なのだろう。わたしの顔を見ると大袈裟にニッと笑ってみせた。

「なんだー、ホントに元気ないなあ。嫌なことでもあったのか?」
「ないよ、なあんにも」
「当ててやろうか?」
「だからないってば、」

留三郎だろう、ざわーっと木葉が揺れる中に小平太の自信満々な声が響く。ちらりと目線だけで見上げると憎らしいほどの笑顔。小平太にバレたのが余りにも癪だったのでわたしはそのまま彼を無視して歩み出した。どうせどこにも行くあてなどないというのに。

「こら、名前!」

慌てて小平太が付いて来る。体格も歩幅もわたしよりも断然ある彼が少し小走りになれば追い付かれるどころか追い抜かされるに決まっていた。すぐにわたしの前に回り両手を広げて通せんぼのポーズ。

「可愛くないなあ、当たってるくせに」
「悪かったわね、」
「まあまあ。授業まで時間あるんだからさ、私に思いの丈をぶつけて見るのも良いと思うんだ」

聞いたっておもしろくもなんともないのに、上手く反論できないわたしの腕を掴んで小平太は歩き出した。どこに行くのかは知らない。ただ、だんだんと食満から離れて行ってしまっているのを、心の奥の方で少し不安に思った。

「で、邪魔だって、」
「そう言われたのか?」
「ううん、言われてない。けどそんな感じだったから…」

小平太に連れて来られたのは小さな木陰だった。見上げれば日光を浴びた葉が身を寄せ合うように揺れ微かな音を鳴らせている。静かな場所だった。
さっきの出来事を一生懸命思い出しながら抱えた膝に視線を落とす。言葉にしてみるととても短かった。

「それは留が悪いよ、」
「え、でも…」
「名前をそんな風に扱うだなんて、留が悪いんだ」
「だって、食満は委員会の活動中だったから…」
「じゃあ名前が悪いの?」

わたしはその問いに答えることができなかった。きっとそうなのだと思うけれど、唇が声を発することを拒むのだ。どうしてだかはわからない。冷たくなった指先が震える。それを知られたくなくてきゅっと制服を握り締めた。

「…そう、…わたしが、悪い」
「素直じゃないのは可愛くないぞ」
「…別にいい」
「うそ。名前は可愛いよ」

はあともへえとも声を出せずにわたしは顔だけを上げた。彼はそれを情けない顔、って笑ったけれどわたしはなんとも思わなかった。彼はこんな風にお世辞を言う人だっただろうか。わたしは一瞬彼をあの変装名人の後輩かとも思ったけれど止める。

「小平太、」

わたしは小平太の、わたしを見るときの瞳を知っている。知っていてなお、知らない振りをしていたのだ。今まで溜めこんでいた悪いつけが一気に回って来たような気分だった。
胸の奥の方からばくばくと音が聞こえる。静かだったこの場所から貪欲に2人以外のものが消えてゆくような、なんて孤独な感覚。

「留のことはもう嫌いなんだろう?」
「え、ちが…」

別段なにをされたというわけでもないのに身体が引けて行く。とん、と背中が木の幹についた。わたしの息を吸う音がやけに大きく聞こえる。

「留はもう名前なんて要らないよ」
「そんなことない…、」
「でも邪魔だって言われたようなものだって、」
「そうだけど、でもちがう…!」

鼻の奥がツンとしてしまいそれを覆うように張り上げてしまった声。冷静な対処ができないわたしに、小平太は哀れむように笑った。それが幾分かわたしに理性を取り戻させる。

「お願い、小平太、それ以上はやめて。わたし達、…友達でしょ?」

腕の間に埋めていた顔を少し上げて視線だけを小平太に向ける。彼は意味を咀嚼できないようにキョトンとしていたけれどすぐにニイ、と笑って立ち上がった。

「そうだな、ごめんごめん。ちょっといじめすぎた」

私たちは友達だもんな、と呟かれるのと同時で手を差し出される。それを受け取って掴まるとひょいと引っ張られて簡単に立ち上がれた。まだばくばくとうるさい心臓を抑えてごくりと唾を飲み込む。

「それじゃあ私はもう行くから。留によろしくな!」

変わらず頬に泥をつけたまま小平太は颯爽と駆けて行った。その後姿が見えなくなるまで佇む。大きく深呼吸を2度ほど行って目を瞑った。今日はまだ少し冷える。振り返るとわたしは真っ直ぐに食満のところへと駆け出した。

081214
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