▼ 蒲原智美

うつらうつらしていたのは覚えてる。お弁当食べたあとの現国は眠くて仕方ないんだ。指の間からお気に入りのシャーペンがころんと転がって、それを拾うことすらできなくて。
ゆっくり、ゆっくりとわたしの意識は沈んでいった。眠りに落ちる瞬間って、なんでこんなにも心地よくて温かくて気持ちいいんだろう。

ああだめだ、全身から、力が、抜ける…

「あ、起きた?」

次に目が覚めたとき、教室の中は夕日いっぱいに照らされて、薄い影とのコントラストが綺麗だった。夕方になるまで学校にいるのは珍しいから、こんな光景もあるのだなぁと感心する。…そこまではいいんだけど、真正面の真っ黒な瞳がわたしを真正面から見据えているのが不可解だ。

「かん、ばら」
「ワハハ」

痺れて感覚のない両腕から顔をゆっくりと上げる。開いたままの窓からふわりと入ってくる風が肌寒い。ずるり、肩にかけられたブレザーがずれ落ちた。

「部活は?」

久しぶりに向き合った友人に、気の利く言葉なんて見つからずにぶっきらぼうに問いかける。引き上げたブレザーはわたしのものではなかった。

「んー」

大して読んでもいなかっただろう、手にしている小説をぱたんと閉じて蒲原は組んでいた足を正した。改めて見なくても丸く大きな黒い瞳に吸い込まれそうになる。

「今日は、もう少ししてから行くよ」

僅かに間を開けて、少し答えにくそうにして蒲原はそう答えた。指先で小説の角が弄ばれるのを、視線で追う。

「それにしても誰か起こしてくれればいいのに」
「ワハハ、余りにも気持ちよさそうに寝てたからなぁ」
「結構がっつり寝ちゃったなぁ…」
「寝不足か?」

机の中の教科書プリント類を引っつかんで鞄に流し込む。そういえば今日は数学で課題が出たから、帰ったらやらなきゃ。苦手な範囲だから疎かにしてられない。

「いや、そんなわけじゃないんだけどね」
「じゃ、悩み事とか?」
「悩み事かー…生憎そんな女の子っぽいものはないっていうか」

ああ、素直に言えたらどんなにいいだろう

「でも確かによく見ると隈ができてるなー」
「っ」

ドキッとした。
呆けている間に蒲原の親指の腹がわたしの目の下辺りを撫でていた。くすぐったくて身を捩りたいのに、彼女の黒い瞳がそれを許さない。ああ本当に、本当に吸い込まれちゃいたくなる。

だめだだめだ、だめだ。
なけなしの理性で目線を反らす、たったそれだけのことでこんなにも消耗してしまう。そんなわたしを、彼女は知らないのだろうな。

「ムリは禁物だぞー、ゆみちんも心配してたし」
「うん」
「よし、じゃあ準備もできたみたいだし行くか」

する、と頬から指が離れてぬくもりが消えていく。その寂しさと言ったら、笑ってしまいそうなくらいだった。
いつからだろう、彼女に対して憧れではない甘い気持ちを抱くようになったのは。わたしはきっとおかしいんだ。そう思い込むことでいつも耐えてきた、この甘い気持ちはとてつもなく苦いものでもあった。苦くて苦くて、吐き出してしまえればいいのにって、何度も何度も思って、でもそんなことできるはずがなかった。
だってわたしたちは、

「なんかあったら相談な。友達なんだから」

ワハハ、なんて笑ってるのか笑ってないのかわかんないような、それなのにとてつもない安心感を与えてくれる笑みに、わたしも精一杯の笑顔を返す。これでいい、いつも通りだって自分を褒めてあげる。

ああ、苦しいなぁ
でもこれで、いいんだ

かっこよくて、かわいくて、麻雀強くて、いっつもどっしり構えてる蒲原が、わたし大好きだよ。

素直にそう言えばいいのに、変な風に勘ぐられたらどうしようなんて考えて、そう思うこと事態がもう捻くれてるっていうのに。

ああ、

ああ、ああ…

「蒲原、」
「うん?」
「…内緒」

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