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先日ルートに買ってもらった赤いマニキュアを、ほんとはずっとずっと窓際に置いて眺めていたかったんだけど、とうとう飽きてしまったのかわたしは無意識でそのキャップを開けた。

開いたままの大きな窓から風が柔らかく入り込んで、レースのカーテンを揺らす。あれもこれもすべてルートにわがまま言って手に入れてもらったものばかりだ。それなのにルートは文句ひとつ言わず(お小言は毎回だけど)わたしに付き合ってくれる。
どうしてかは、知ってるけど。
きゅ、と軽く捻るとシンナーの匂いがした。

「名前?」

刷毛にたっぷりとマニキュアを含ませて、右足の親指の爪に落としたとき、開いたままだったドアを几帳面にもノックをしながら覗き込んできたルートが視界に入る。
返事をする間もなくつかつかと歩み寄って来たルートが、わたしの隣りに腰かけてから足を覗き込んで来た。う、塗りずらいなとルートのおでこ辺りを凝視していたら声もなく刷毛を奪われてしまった。

「塗ってやる」

たったそれだけ、まるで風の音のように聞こえはしたけれど。ほんとうにそれだけ。

白い窓に白いカーテン、白いテーブルとチェアのセットに、白くて大きなベッド、使いもしないのに幾つも並べた白くてふわふわの枕、無造作に置かれた白いカーディガン、白いボトルのコロン、そしてわたしを取り囲む白い、天井。ここは、わたしを閉じ込める白い檻だ。気付いたのは、もう、ずっとずっと前。

「ルート」
「なんだ」
「なんかくすぐったい」
「我慢しろ」
「や、でも、なんか」

ルートの指がくるぶし辺りを掠めるとなんとも足を引っこめたい気持ちに駆られる。もしかしたらルートの腹でも蹴り飛ばしてしまうかもしれない。微妙なくすぐったさに肩が揺れる。人に足なんて触られたことないからなおさら変な気分だ。

「あはっ、ちょ、休憩しよ、ルート」
「塗ってからでいいだろう」
「むーりー。わたしがもたないもん」
「いい子だから我慢しろ、あと3本だ」
「そんなこと、言ったって、」

大きな背を小さく丸めてせっせとわたしの足と向き合うルートはなんだかおかしくて、でもいつもどおりだった。なにをするにも真剣で、特にわたしのこととなると周りが見えないくらいのようだ。これは驕りでも自惚れでもなくて、彼の傍にいたら嫌でもわかった。彼はわたしに依存している。わたしの存在が強すぎるから、こんな白い檻に閉じ込めちゃうんだ。言えばいいのに。お前はもう、ここから一生出られないんだって。

「ねえルート」
「なんだ」
「ずっと、一緒にいようね」

だけどルートはその言葉にはいつも答えない。小鳥は檻の中で囀るよりも、広い草原を飛び回るものだと知っているから。だからいつも窓やドアを開けっ放しにしているんでしょ?わたしがいつでもあなたを見限ってしまえるように。
頑固で、一生懸命で、不器用で、欲しいものを欲しいと言えない素直じゃないところがあって。
でも誰にも譲ることができなかったから、今でもあなたはその胸の中に後悔を背負ってる。

「ルート、だいすき」

ああ知らないのね、可哀相に。
あなたの青い小鳥は、自ら檻の中へと羽をしまったということを。


解放の赤は灯らない
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