▼ 独

体内を蔓延る熱に嫌気が差して冷蔵庫から丸い氷を取り出す。
この前見つけた、不格好な台形より全然可愛いからってむりやりルートに買ってもらった。口内に放り込むと冷気を帯びながらじわりと溶け出すのがわかった。

熱いシャワーを頭から被って碌に水滴を拭き取りもせず上がった。石の床に小さな水たまりがいくつも出来たけれど気にしない。自分の部屋までの道のりがどうしてかいつもより長いように感じた。だってもう氷がこんなに小さくなってしまったんだもの。ああ、こんなことなら自分の部屋に備わっている簡易のシャワーを選べばよかったな。ほんの少し頬を膨らませながら歩幅を広げる。

部屋についてわたしよりも遥かに大きいベッドにダイブする。ふわふわの枕に顔を埋めるとそのひんやりした空気が火照った頬に気持ちよかった。
ああ気持ちがいい、わたしのために用意された清潔なシーツからおひさまの匂いがする。
だけど、
乾燥していく、乾いてしまう、失われていく
わたしはこのまま、ここにいて奪われていくだけの存在なのかな。

瞼がトロンとしてきて抗わずに柔らかく閉じる。足音が聞こえた。コツコツと規則的な音。ほんの少しだけ鼓動が高鳴るのがわかった。
追いつくように形ばったノックの音。わざと返事をしないと 入るぞ、と少々怒気を含んだルートの声。

「名前!シャワーから上がったらきちんと拭くように言ってあるだろう!」

毛の長い絨毯に吸収された足音は聞こえない。わたしは枕に頬を埋め瞼を閉じたままルートがすぐ傍に立つ気配を探した。

「さあ座るんだ。風邪を引く」

瞼が震えた。
ルートが髪に触れたからだ。強い口調の割に、わたしに触れるときはいつだって優しい。それどころか怯えさえも感じる、そうだ、これは弱弱しいと表現した方がいい。まるで壊れ物を扱うかのような、そんな風な触れ方。
瞼を上げると眉間に皺を寄せたままのルート。重い身体を緩慢な動作で起きあがらせるとルートの手にあったタオルが頭に乗った。ん、んぐ、と喉に違和感が走る。

「あ、 あ、ルート」
「なんだ」
「こ、氷が」
「氷?」
「の、飲んじゃった」
「大丈夫だ、氷は溶けるから詰まるようなことにはならん」
「ん、んー…冷たい。ねえ、ここにまだあるよ、ね、ルート」

優しい振動がする頭を懸命に俯かせて見えない喉元に視線を寄こして。そっと指を這わせてみた。ここからではわからない。けれど中には確実にあるの、ここに。冷たい、氷が。

「それから名前、なにか羽織るものを。肩を出したままでは冷える」

わざと見ないように視線をムリに背けて、ルートはわたしのタンクトップを指差した。ああほんと、胸元見えてる。

「あは、ルートかわいい」
「いいから早く羽織れ」
「はあい。…ねえルート、氷 持ってきて」
「今食べたんだろう、我慢しろ」
「もっと食べたいのよう。ね、いいでしょ?」
「だめだ。女性が身体を冷やすもんじゃない」
「いいじゃない、少しくらい。ルートのばか」
「俺はお前の身体を心配してだなあ、」
「なら、氷を我慢してそのストレスでわたしが死んでもいいのね」

椅子に掛けてあったお気に入りの白いカーディガンを風のようにふわっと羽織る。この前買ったばかりのすっきりしたコロンの香りが優しく舞った。

「まったく。お前には手を焼く」
「でもわたし、そんなあなたからいつも愛を感じているわ」
「ばかもの。そんな言葉で絆されんぞ俺は」
「ちぇ、」

唇を尖らせたときのルートの表情を盗み見るのって案外好きなの。その困ったような呆れたような、でもわたしを見て微笑んでくれているのがすごくすごく伝わって、そのたびにああルート大好き!って思うの。教えてなんか、あげないけどね。

「まったく。本当に手の焼けるお姫さまだ」

そう囁きが聞こえると頬にキスをされて頭を撫でられる。マニュアル通りのその愛の伝え方もあなたらしくて好きよ。

「待ってろ、持ってくる。ただしひとつだけだ。いいな?」
「うん、ルート大好き」

照れくさそうにふい、と背を向けるとルートは部屋を出て行った。

再び横になって枕に頭を預ける。両手足を延ばしてもまだ余る、大きなベッド。天井は高い。シミひとつない、真っ白の天井。きっとなにか細かい模様があるんだろうけど、わたし程度の視力では確認するに至らない。

ルートはわたしに愛されていないと思ってる。
愛されてはいけないとも、思っている。

ねえわたしが死んだら氷づけにしてほしい。
そしてずっとルートの傍に置いてほしいよ。
だから今はまだ、こんな檻みたいな部屋でも
我慢していてあげるから、ね?


空を反射して
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