▼ 米

ごり、と物騒なものが額に押しつけられ、その温度の低さにわたしは眉間に皺を寄せた。

「なあに、その思い詰めたような顔は」

やめてよ、似合いもしないのにと囁くと彼は一層不快そうな表情を強めた。どうしてあなたがそんな顔をするの?
強張った彼の表情とは逆に、わたしはニイと笑いそうになるのを堪えられなかった。
笑えばもっともっと彼は下唇を噛み締めることとなるだろうとわかっていたのに。

「もう一度言うよ、名前」

まるで童話でも読み聞かせてくれるようなゆっくりとした声色で彼、アルフレッドは呟いた。真っ直ぐに見据えられた青い瞳がとても綺麗でつい見惚れてしまう。それはいつだってわたしのお気に入りだった。
わたしは彼の言葉を待つように息を吸い、けれど聞き飽きたように目を逸らした。

「俺は君を殺したくない」
「…だから?」
「俺のものになるんだ」
「どうして?」
「それが一番いい選択なんだ」
「アルフレッド」
「不自由はさせない。君が望むならなんだって与える。コーヒーが苦手なら紅茶を買い占めよう。君が気に入ったと言っていた日本にも遊びに行ったっていい、帰って来てくれるなら。なんだっていいんだ、だから俺のものになって、傍にいるんだ…じゃないと俺は君を撃つよ」

あいつの傍でなく、俺の傍に

言葉にはしなかったけれど、彼がそう言いたいのは手に取るようにわかった。
少し前まで子供だと思っていたのに、そんな顔でそんな言葉を吐けるようになったのね。

「名前、応えを」
「震えているわ、アルフレッド」
「名前」
「こんなこと、あなたらしくない」
「子供、扱い…しないでくれ、」
「アル」

それが引き金かのようにアルフレッドは握っていた拳銃をわたしの額から下ろしてそのままガツンと落としてしまった。一度跳ねたそれがアルフレッドの靴先に当たる。それを見送っていた目線を上げて、俯いてしまったアルフレッドを覗き込むと、無意識にも息を飲んでしまった。
ああそんな顔も、綺麗に出来るようになったのね。
くしゃりと歪められた宝石のような青色がとても綺麗で、できればずっと見つめていたいと思った。

「いつもそうだな、君は!俺はもう、子供じゃないんだぞ…!」

途端、強く両肩を掴まれ、ドレスのフリルが激しく揺れる。わたしはよろめいて2,3歩後退したけれどアルフレッドは追い詰めるように進行してきた。とん、と壁に背が当たる。
つい先ほどまで悲しみに揺れていた瞳が、今は憎悪に燃える炎のよう。

「アルフレッド、」
「俺は君を愛してる」
「やめて」
「だからなにがなんでも君を、」
「やめて。アルフレッド、…アル」
「君なんて死ねばいいんだ。死んでから後悔するといい。俺を選べばよかったと泣き叫べばいい。でも俺は、」
「アルフレッド。こんな卑怯な手を使わずとも、わたしを手に入れたいのなら真正面から堂々来ればいい。そのときは、全力を以て迎えてあげるわ」
「名前…」

す、と力の込められていた手が離れる。
アルフレッドは瞳を歪めたままわたしから後ずさって、そしてとうとう背を向けてしまった。

アルフレッド。

呼んでも振り返ってなどくれない。拳銃を拾うとそのままなにも言わずに歩きだしてしまった。
彼のコートが見えなくなってから、ゆっくりと息を吐きだした。


わたしは一度彼を裏切りました

(泣き叫んだりなどしない
わたしはこの選択を受け入れたのだから)
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