▼ ユーリ

わたしが死んだら一度だけ会いに行くわ。へそくりの場所を教えてあげる。それからお気に入りの景色も。あと、…

あのときそういって、うっとりと頬杖をつく彼女の横顔をどうしてもう少しでも眺めておかなかったんだろう。彼女がいない。この世界に彼女が足りない。彼女は死んだんだ。戻ってくることなんてなかった、そしてこれからもないんだ。もう俺を呼んでくれることもない。俺はこれからただ彼女を忘れていく苦しみに耐え続けながら生きるしかないんだ。

なあ、へそくりなんてこのせまい部屋のどこに隠してんだよ。お気に入りの景色って、いつものあの丘じゃないのか?夕日が沈む時間帯のこの丘はどこのどんな景色よりも綺麗だって言ってたじゃねえか。あとなんだよ。あと、…おまえはなんて言おうとしたんだ。なにを俺に教えてくれようとしたんだ。


部屋の隅のクローゼット。おまえ専用だから俺は開けることを赦されなかった唯一の空間。俺が以前買ってやったワンピースを大事そうに仕舞い込んでたのは知ってるよ。照れくさくて見てないフリしてたけど。おまえはフリルを指で何度も撫でて、結局着たところは見せてくんなかったよな。その奥に置いてあった長方形の缶はあれだろ、フレンと一緒になって集めた王冠詰めてんだろ。つまんねえもん残してんなよって言ってもおまえはいつも飲んだあとは大事そうにポケットにしまってたよな。それで俺がいないうちに仕舞ってたんだ。
掃除しようと思って勝手にクローゼット開けたら蓋が開いててさ、見ちまったんだよな俺。すぐにおまえが駆けてきてその空間は怒声と共に閉じられてしまったけど。他はなんも見てねえっつってんのにおまえはなかなか機嫌直してくれなかったから、外に連れ出してアイスキャンデーをやったんだ。そしたらその木の棒も持って帰ろうとするから、さすがに焦ったよ。そしたらおまえ、思い出は大事に取っておきたいの、って。…知ってたんだな。その華奢な身体が、もう長くはもたないって。階段の上の方からおまえがふらっと落っこちてきたときは息が止まるかと思った。あのときにおまえの異変に気付くべきだったんだよな。おまえはなんでもないって笑ったけど、抱きとめたその身体が確かに軽くなっていたことに、俺は気付くべきだったんだ。

なあ、開けてもいいかな。おまえだけが赦されたこの空間を。それともまだだめだって叱るだろうか。クローゼットの取っては冷たいまま、傷ひとつない。いかにおまえが大事に扱ってくれていたのかがわかるよ。指で弄ぶように握って、放してまた握る。固くて冷たいそれを一気に引いた。ふわっとおまえのコロンが香ったときはタイムスリップでもしたのかと一瞬脳みそ疑った。おまえの生きた証があまりにも鮮明で、俺は無自覚で眉を寄せた。情けない顔だって笑うかな。瞬きを繰り返して見えた先に、大事そうにたたまれた白い布。見覚えがあるそのフリルにそっとはにかんだ。きっと似合ったろうにな。その奥に、記憶通りの長方形の缶がある。おまえの好きだったクッキーの缶だ。チョコチップばっか1人で食って、苦手なジャムのクッキーはぜんぶ俺に押しつけたよな。美味いから食ってみろっつってもおまえは要らないってそっぽ向いてたけど。

缶の蓋を開けてみる。やっぱり王冠がずらっとならべてあった。軽く変色してしまってるものから、ついこの間も店先で目にしたものまで。ひとつひとつを丁寧に仕舞っていくあいつの指が脳裏に浮かぶ。…にしても多いな。あいつ、いつ頃から集めてたんだよ。
いくつかを摘みあげて缶から出して、そのときに底に敷かれている紙に気付いた。なんだ?少し褪せてしまった、……写真か?

「…あ、」

俺とフレンと、名前が写った ガキの頃の写真。

「くそ…、っ」

ぜんぶある、ここに、俺の手の中にぜんぶあるんだ、おまえの大切なものぜんぶ。なのにあとひとつ足りない。あと、ひとつだけ。
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