▼ 高瀬

もうやだ別れる、準太なんか嫌い

それが彼女の口癖だった。
付き合い始めてすぐの頃はそんなこと言われて焦って、俺は悪くないって喧嘩にもこっちから折れたものだ。ただ彼女は俺を屈服させたいとかダメージを与えたいとかそんなんじゃなくて、どうしようもない憤りを少しでも和らげたいがためにそうするのだとも気づいた。
出会った頃の彼女は歳の割に大人びていた。周りはそれを冷たいとも称した。

だけどそれが、隣りを許した人間には崩れる、言わばプライドなのだと理解した頃にはもう俺は彼女に惚れていた。俺にもその小首を傾げたような笑顔を向けてほしくなった。
だから俺は彼女に好きだと言った。普段見飽きていたはずのその無愛想な顔が赤く染まる瞬間、言い知れぬ達成感すら感じたほどだ。

人前では触れるどころか目を合わせることさえ恥ずかしくてできないと言う彼女が、ふたりきりになると恐る恐るすり寄ってきてくれる。そんなところがどうしようもなく可愛く思えて、まあ確かに甘やかしていたと言えば甘やかしていたのだろう。

もうやだ別れる、準太なんか嫌い

初めてそう口にしたとき、驚いたのは俺ではなく彼女本人だった。今でもその丸い瞳が俺を見上げていた角度を俺は覚えている。
ただそのときはそれどころじゃなくてつい勢いで謝ってしまった。俺が悪かったからそんなこと言うな、と。
それを聞くと彼女は心底安堵したように顔を俯けたのだ。

そしてその別れるの呪文は徐々に口癖と呼ばれるほどに俺の鼓膜を震わすようになる。月に一度、一週間に一度、三日に一度。
もちろんその呪文には俺からもごめんの返事をしなければならなかったが。
ちなみに最後に聞いたのは三十秒ほど前だ。

「じゃあ別れるか。俺もお前嫌いだし」

顔を伏せて肩を震わせていた彼女がぴくりと反応するのがわかった。夜の公園は青白い街灯が数本立てられているだけではっきりと彼女の表情は見えない。だけど彼女がゆっくりと顔を上げたのはわかった。

髪の間から見える白い頬が綺麗だった。

「や、…いや」
「ムリしなくていいんだぞ、もう疲れただろ?」
「…じゅんた」

彼女は耳を手で塞ぐと聞きたくないという風に首を振った。
いつもどおりの俺の反応が返ってこないことにひどく怯えている。なぜかそれが嬉しかった。彼女の口癖が本心から来るものではないとわかってはいたけれど、ちゃんとこうも形になると心がふわりとくすぐられたような気分になる。
ああそうか、彼女を引き留める俺という立場が今逆になっているんだ。彼女もこんな気分だったのだろうか。縋る俺を見て、安心したのだろうか。嬉しいと思ったのだろうか。
呆れるでもなく嘲笑うでもなく、大袈裟にでも言えば
救われたような気分に、なっていたのだろうか。
本当に縋っていたのは彼女なのだ。

「嘘だよ。嘘に決まってんだろ、…ごめんな」
「じゅん、た…」

ああ可愛い、
なんて可愛いんだろう


(その歪んだ表情も、俺を握りしめて離さない指も)
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