▼ 竹谷

いつも落ち着いてて、丁寧で、俺のことよく考えてくれてて、優しくて、

そんな彼女からのたった一行のメールっていうのは初めてだったから返信する間もなく、このクソ寒いなか上着を羽織る間もなく、真夜中の世界を気づいたら駆け抜けていた。
握りしめたままの携帯は汗で滑って心もとないからポケットに入れて、脇目も振らずに走った。

だって液晶画面なんか眺めてたら、彼女からの「ごめん、さっきのはやっぱりなし。なんでもないの」って新着がきそうで怖かったから。
返信がなくて不安がってるだろうか、そう考えもしたけどボタンを押す暇があるなら少しでも彼女との距離を縮めたいと思った。だって彼女は俺のそんなところを好きだと言ってくれたから。

タバコ屋の角を曲がって、自販機の薄暗い光を確認して、機能を必要とされていない信号を渡って、

「…はあっ」

息を吐いたらすぐに彼女の家が見えた。彼女の部屋は暗くて灯りはない。カーテンが閉まっていたとしても電気がついていないのは明らかだった。


「はち、」

上げていた顔を真正面に、彼女は家の前で蹲っていた。そっと駆け寄ってその肩に触れてみる。暗い中でもわかる、少し腫れた目を頼りなげに細めて彼女はもう一度はち、と呼んだ。それは紛れもなく俺の名前だった。
ああ彼女が今呼んでいるのは俺なのだ、となぜかそんな当たり前のことを再確認する。

「ほんとうはね、別れようってメールしようとしたの」

適当に巻かれたような彼女のマフラーを丁寧に巻き直してやり、いつもとは違うその乱れた髪も手櫛で整えてやる。髪は冷たかったけれど、彼女の耳や頬はとても熱かった。そのときようやく俺の手も彼女の髪のように冷えているのだと知った。
手を離したくないくらいに、とても心地よい熱さだった。

「でも、…できなかった」
「…名前」
「会いたく、なった…っ」

腕の間に顔を埋めると彼女の柔らかい髪はくしゃりと歪んだ。
彼女と出会って、付き合うようになって、こんなことは初めてだった。だから対処のしようがわからなくて混乱していたといえばそれまでだけど。
彼女の耳元にそっと手を当てて、無言で顔をあげるように促した。彼女は眩しいときにするように目を細めたままゆっくりと顔を上げる。その唇に音もなく口付けた。
彼女の唇はやはり熱くて、夢でも見ているような気分だった。

「…はち」

僅かに唇を離すとお互いの吐息が同じように熱かった。おでこがこつんとぶつかって、視界が彼女だけになる。
そのまま彼女は涙ぐむとこんな自分は嫌いかと聞いた。俺はゆっくり首を横に振る。むしろこんなときに冷静でいる俺のことを、彼女は嫌ったりしないか不安だった。

「お前が傍にいてくれるなら、俺なにも要らないよ」

呟いた声にそのとき初めて彼女が笑ってくれて、それでようやく俺は吐いた息を吸うことができた気がした。

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