▼ ↑カノンノとエステル

バンエルティア号に戻ってすぐ、ホールを突き抜けて彼女を探した。視界に入るとぴょこんと揺れる、あの桃色を。
どこだ、どこにいるんだ。
無我夢中で駆け回っていたら途中、何かに躓いて派手に転んだ。大した受け身も取れずにオレは額を思いきり床にぶつける。

「お、悪い。足が滑った」

見上げると壁に背を預けて意地悪く笑うユーリだった。ギロリと睨み上げてもその顔は飄々としたままこっちを見下ろし続ける。

「いてえ」

額を押さえながら立ち上がりユーリに文句のひとつでも言ってやろうと口を開くと廊下の向こう側から駆けて来る足音がある。

「なんか今すごい、お、と…」

ひょっこり現れたのは桃色の髪、カノンノだった。オレとユーリを交互に見比べると、戸惑いがちにどうしたの、と首を傾げる。

「ああ、その」
「じゃー、なっ!」

な、のときに思いきり背中を叩かれて勢い余ってカノンノに突進してしまった。慌てて掴んだ肩は想像以上に華奢で握りつぶしてしまうんじゃないかと怖くなるほどだった。
振り返るとユーリの長髪が角に消えて行くところですでに文句さえも言えない。

「ごめん、大丈夫か?カノンノ」
「あっ、うん、平気」

なんとか距離を置いて肩を掴んでいた手を解く。額と背中をジンジンさせながら、それでもようやく見つけた桃色に頬が緩んだ。あのときのような意地の悪そうな笑みではないと自分では思う。

「あっ、おでこどうしたの?赤くなってる」

ぴと、と触れたのは少し温度の低いカノンノの指だった。転んだ、と零せばクスクスと笑われる。
彼女がファーストエイドを唱えるとオレの額の痛みはなくなった。

「カノンノ」
「うん?」

この前のぎこちなさは今はまったくなかった。ただいつものようにカノンノが笑ってくれる。それが何より幸せなことなのかを思い知った。

「可愛い」
「えっ?」

自然に伸ばした手は彼女の前髪へ。ああそうだ、オレはいつもこの桃色に触れたくて仕方がなかった。ふわりとなるべく優しく撫でるとカノンノは頬をほんのりと赤く染めた。揺れる大きな瞳が、まるで期待を含んでいるように潤む。

「カノンノ」
「なあに…?」

ふわり、
(ずっと触れたかった)

fin
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