▼ レイヴン

もしかしたら、って。その1パーセントにも満たないような希望に縋りたかった。もしかしたら。根拠のない、曖昧模糊な確信だけど。ああ、確信と呼べるのかどうかさえも微妙なところなんだけど。

みんなに甘いものを振舞い、自分はそれを遠くから傍観しているだけのその紫の背中の隣りに座った。初夏を思わせるような眩しい日差しを木々の緑が遮りできた、小さな木陰。そよぐ風が少し切ない。

「あれ?名前ちゃんは食べなかったの?結構自信作だったのよー?」
「うん、あとでもらうよ」
「夕飯食べられなくなってもおっさん知らないからね」
「もう、 そんな子供じゃないんだから、わたし」

唇を尖らせるとレイヴンはおかしそうに笑った。その仕草に期待してもいい?あの人の面影があるんだって。もう何年も前のことなのにずっとずっと引きずってるわたしって、ばかかな。あの頃はほんの小さな子供だったわたしの中にある、これまた小さな記憶。あなたがそれを引き起こしたんだって言ったら、笑う?

「あのねレイヴン」
「なあに?」
「わたしね、会いたい人がいるんだよ」
「ああ確か、それが旅の目的なんだっけ?」
「うん。あのね、その人に会いたいの、わたし」
「会えるといいわねえ」
「でもきっと、会えないんだ」

今日初めてレイヴンと目が合った。わたしは見上げながら、自然に笑ってしまった。飄々としているつもりなの?探ろうとしてるのがバレバレだよ、レイヴン。わたしのこと考えてくれてるんでしょ?わかってくれてるんでしょ?ねえ、わたしどうしたらいい?このままあの人の面影に捕らわれていればいい?最近自分でもわからないんだ。ねえ、教えてレイヴン。

「会えないって思ってるうちは、会えないんじゃないの?名前ちゃん」
「どうして?」
「こういうのはね名前ちゃん、気の持ちようなのよきっと」
「…あのね、わたしほんとはその人に会いたいから旅に出たわけじゃないの。いつもすることなくてだらだらしてたユーリが旅に出るっていうから、置いて行かれるのがいやで半ば強引についてきただけなの。そこで、ずっと昔に会えなくなった人に会いたくなったの」

あの人をわたしの生きる目的にしてしまうのは、軽すぎるような気がするし重すぎるような気もする。だけどその人を追うことしか今のわたしにないのだってほんと。名前も出身地もなにもかも知らないけど、いつか会えたらって思いながら毎日を生きてるの。そしてようやく見つけたのよ、あの人の面影を。ねえ、レイヴン。

「名前ちゃんは若いんだから、過去に捕らわれて生きるもんじゃないわ」
「どうして?どうしてそんなこと言うの?」
「そうねえ。なんででしょうかねえ」
「誤魔化せばいいって思ってるでしょ、レイヴン」
「後ろばっか見てないで、寂しくなったらおっさんの胸に飛び込んでおいでってことよ」

ムリにけらけらと笑って、それからレイヴンは行ってしまった。残されたわたしの上で緑いっぱいの枝葉が揺れる。
会ってどうするんだろう。あの人にようやく会って、それでわたしはなんて言うんだろう。そんなのは考えたことがない。だって怖いんだもの。会うまでがわたしの生きる目的で、それからは範囲外だ。見えない未来は見えないままでいい。だけど時折面白半分で手を伸ばしてしまうのは、やっぱりわたしがまだあの頃と変わらず子供だからなんだ、きっと。

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