▼ アイク

アイクが腕を引くとわたしの身体など容易く傾いてしまった。上半身だけがぐいと引っ張られて、追いかけるように下半身がもつれる。だから余計にアイクの方へと倒れ込んでしまった。
それらはすべてわたしがぽかんとしている間に成されてしまった。何が起こったのか理解できなかったのだ。それくらいアイクの行動はあっという間だった。

そしてあろうことか引き寄せるだけでは飽き足らずわたしをその肩に担ぎあげたのだ。

「え、」

わたしがようやく、そう声を上げたときにはもう今まで目の前で会話をしていたはずのシノンとガトリーは小さくなっていた。

「え」

シノンとガトリーの表情はまさに真逆だった。苦虫を噛み潰したような顔と、にやにや楽しそうな顔。わたしの顔は…うーん、シノンに言わせれば阿呆面、かもしれない。


ゆさゆさとアイクの歩調に合わせてわたしの身体も揺れる。のどかな午後だった。天気も吹く風も文句なしに気持ちいい。
途中でミストやライとすれ違うとおかしそうに笑われて、わたしはそのとき初めて頬を赤くした。これってずいぶん恥ずかしい格好なんじゃないのか。

だけどなにも言わずにアイクのしたいようにさせておいた。この温もりに触れるのは久しぶりだった。傭兵団が大きくなるにつれて言葉を交わすどころか目さえ合わせられない日々が続いていたから。

余りの心地よさに幾分か眠くなってきた。あ、…本当に眠っちゃいそう。
うとうとしかけていたわたしを現実に引き戻したのは、天幕を捲る音だった。閉じたままの瞼の向こうが薄暗くなる。薄っすらと目を開けるとふわりと身体が浮いた。背中にひんやりとした感触が伝う。

「…ん、」

ぼんやりとした視界の向こうに見慣れた、だけど最近は余りお目にかかれなかったマントがあった。ああアイクだ。

「ねえ」
「なんだ」
「せっかくいい天気だったのに」

ふいと向けられた視線はまるで射抜くようにわたしを見詰める。そんなにおもしろい顔してるかなって不思議になるくらい、アイクはわたしを見ていた。

「アイクの怒りんぼ」
「怒ってなんかない」
「じゃあ甘えんぼ」

返事の代わりにアイクはわたしの手をぎゅっと握った。本当に不器用な人。そんな嫉妬の仕方ってある?そんな真っ直ぐな甘え方って、ある?

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