▼ ゼロス

「ねえ、痛いよゼロス」

後ろからきつくきつくわたしを抱きしめて離さないゼロスは、まるで赤ん坊をあやすように前後にゆらゆらと身体を揺らした。
かれこれもう10分くらいだろうか?いや、気持ち的にはもっと長いけど。

「苦しい」

つん、と唇を突き出して抵抗してみてもゼロスはなにも言わない。だって痛いことも苦しいこともないって、ゼロスは知ってるから。ゼロスは女の子を抱きしめ慣れてるんだよね、だからいつも心地いい抱き締め具合なんだよねと皮肉をかましてやりたい。
それでも今日は少し、ほんの少し力が強い気がするのだ。

「ねえってば」

焦れたように身を捩ろうとするとゼロスはわたしの首筋に唇を押しあてた。急なその感触にびくっとするけど、やっぱり拘束は解けそうもない。

「知らない男の人に声かけられてたから、怒ってるの?」

小さく小さく呟いたけれど、ゼロスにはちゃんと届いたようだった。ぎゅっとわたしを抱く力が強くなる。

「ゼロスだってしてるくせに」

また少し、咎めるようにきつくなる腕。だってほんとうのことなのに。

「わたしには、ゼロスだけなのに」

呟くとまたゼロスの腕には力が込められた。苦しいって言ってるのに。溶けてひとつにでもなっちゃいそうだよ。
でも、ああ、なんとなくゼロス今情けない顔で笑ってるんだろうなってわかっちゃった。わたしと、一緒だね。

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