▼ クラトス

わたしはこの世界にとって、大して重要な人間ってわけじゃないから守ってくれる人なんて誰もいないし、死んだって悲しんでもらえることなんてとても些細なものだって、思ってたよ。
それはあなたに出会う前からのわたしの考えで、もちろんあなたに出会ったあとも変わらなかった。わたしたちの最優先はいつだってコレットだったしそれはとても、当たり前のことだったから。
だから、 だからわたしは、わたしの腕を強く掴むこの腕の意味を知らない。

「痛い」

わたしのことをきつく睨むその双眸だって、知らない。長く伸ばされた前髪から覗くそれはまるで宝石のようでいて、まだ磨かれる前の原石のようでもあって、見る角度から様々に色を変えるその鳶色が、わたしは出会ったときから好きだった。

「ファーストエイド」

ぱあっと温かい空気がわたしの髪を撫でて、さっきまでの痛みが腕の力ごと消える。そのとき、ほんの一瞬見えた白いおでこにどきりとして視線を下げたことには幸い気付かれなかった。
目の前の鳶色は安堵したように息を吐くとくるりと背を向ける。

「あ、」

僅かに感じた物足りなさにわたしは一歩足を踏み出してしまった。それからどうするかなんて考えもせずに。

「クラトス」

だから呼んだ。彼の名前を。彼は横顔だけをわたしの方に向けて、もうやめろと静かに言った。
わたしは意味がわからなくて首を傾げる。一瞬言葉を探すように鳶色が伏せられるとわたしはもう一歩、彼に近づいた。

「自分を犠牲にするような戦い方はやめろと言った」

なにも言い返せなかった。そんなことしてないよ、と言えるような戦い方をしていた覚えはなかった。詠唱中のコレットの前に両手を広げて飛び出したのは、紛れもなくわたしだったのだから。

「ごめんなさい」
「何についての謝罪だ?」
「今後もたぶん、同じことについて言わせてしまうと思うから」

鳶色は見ずに言った。その鋭い双眸を見詰めながら断言することが難しいような気がした。だけどわたしは改めるつもりなんてなかったから、まるで意地を張るようにそう答えた。

「死んだっていいの。みんなのこと守れて死ねるならそれでいい。でも守れずにみんなが死んだりなんかしたら、わたしはきっともう一生、」

一生。一生、なんだろう。考えてなかったな。うーん、一生。その言葉のあとには世界のもの全部詰め込んだっていいくらいだけど。自分の胸中でだけ完結させて薄く笑むとわたしの思考を読み取ろうとする彼の双眸とかち合った。

「神子らがそれを望むと思うか?」
「…」
「お前の命の上に成り立つ世界を?」
「思わない。でも、お互いさまでしょ?」

でももしもわたしと一緒に生きたいって言ってくれる人がいるなら、こんなに幸せなことってきっとないんだろうな。そう思うのと同じくらい、自分のために死んでくれって言われたら嬉しいんだと思うよ、わたしは。そんな風に、生きてるんだよ。それでいつの日か来る、その死ぬ日っていうのを、待ってるの。




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