▼ ガイ

言えなかった。
ガイを好きだなんてそんな馬鹿みたいなこと、とてもじゃないけど言えなかった。だってわたしは監視役なだったから。万が一ガイが裏切ったときに、ヴァンが不利にならないように動くのがわたしの仕事だった。
それはもちろん、2人の憎しみをわたしが誰よりも理解しているからのことだった。だから嫌だなんて言えないしやめようなんて言えないし、好きだなんて言えない。

いや、違う。そんなのは嘘だ。
誰よりも憎しみを理解しているなんて嘘だ。わたしはこれっぽっちも知りやしない。だってわたしはあの戦争が起きたとき、まだほんの小さな子どもだったんだもの。パパやママはいつも仕事で家にいなかった。相手をしてくれるのは決まってヴァンかマリィか泣き虫のガイだった。じいやメイドの顔だってほんとはそんなに覚えてないの。ただあのとき、火の海の中からわたしを引っ張り出してくれるヴァンの腕さえなければわたしはここにいなかった。だからヴァンについてゆくの。だってヴァンしかわたしにはないから。ヴァンの理想の世界がどんなだって、わたしはヴァンに従うしかない。ティアはそんなヴァンを信頼していたし彼の右腕のリグレットに懐いていた。だからわたしは遠くから馬鹿みたい、って笑ってた。笑って笑って、そのあとに少し泣くの。どうしようもなくて悔しくてやるせなくて、死んでしまいたかったの。だって、わたしが今してることってなんなの?このままヴァンについて行ってどうするの?レプリカだらけの世界で、それで、ガイは?ガイもそんなのでいいの?周りの人みんなレプリカの世界なんて。そんなの、わたしそんなの、

「名前?どうした?頭でも痛いのか?顔色が悪いな…」

ガイはわたしに触れなくなった。それだってあの戦争のせいだ。あの戦争がなにもかも持って行ってしまった。殺されたパパやママやじいやメイドたちよりも、わたしに触れられるガイを殺した戦争が憎い。ああほら、戦争を憎む口実ができたじゃない。これでわたしはまだヴァンについてゆけるんだわ。

「少し休もう。ジェイドには俺から言っておくから、宿に…。歩けるかい?」

頭だけじゃない。お腹だって腕だって脚も首も手の甲も脚の裏もひりひりぎちぎちして痛い。張り裂けるような押し付けられるような引き千切られるような、ねえこれなに、わたしとうとう死んじゃうの?今まで死んだように生きてきたわたしが?ねえ、ほんとなにこれ、ぜんぜん笑えない。ねえなんで?なんでわたし泣いてるの?

ねえ、こんな些細なことさえも預言に詠まれているの?

わたしがガイを好きだってことも、こんな風に時々立っていられなくなるくらい自分をおかしくしてしまうわたしがいることも、ぜんぶぜんぶあの半透明の石に刻まれていることなの?誰が詠んでくれるの?詠んでもらえないまま消えていく記憶たちはいったいどこに行ってようやく報われるの?ねえ。

お願いあの頃に全て戻って。なんて願ってからどこぞの死神を思い出して笑った。きっとこんな感じだったんだろうね。そして今もそうなんだろうね。だって寂しいもんね。楽しかった、嬉しかった、好きだった頃をもう一度、取り戻したいよね。わかるよ。今ならわたし心から頷いてあげられる。

だからもう嫌なの。わたしだってこれでも一応貴族の出なのよ。こんな無様な生涯は嫌よ。家はとっくに当主を失って没落してしまったけれど。ファミリーネームはけっこう有名だったのよ?将来は、ガイとの未来を約束されていたはずだったのに。
わたしはもうわたしじゃない。ヴァンがわたしの手を引いたあの日から、きっとそう、あのときから違うのよ。

きっとガイとの出会いも、刻まれていたんだろうね。そう思うとひどく幸せなの。だから、




のレプリカによろしく

(今度はガイが、わたしの手を引いていて)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -