▼ ゼロス

「ゼロス、ゼロス」

ふわふわの枕に埋もれて幸せそうな寝顔のゼロスの頬をぺちぺちと叩いてみた。ううんと唸るけれど瞼は開かれそうもない。わたしだって眠いのに!だんだんその寝顔に腹が立って来て、鼻を摘まんでみた。

「起きてってば」

ゆるゆると眉間に皺を寄せたかと思うとゼロスの目がカッと開いて物凄い勢いで上体を起こすものだから反動でベッドから転がり落ちてしまった。

「なっ、は?!」
「いったー!」

ベッドの上からわたしを見下ろすゼロスが、困惑しつつも手を差し伸べてくれる。その手をとって再びベッドに上がるとわたしはゼロスににこりと笑いかけた。

「行こっ、ゼロス!」
「い、行くってどこにだよ?」

寝癖で乱れた髪を右手でわしゃわしゃしながら、それでも左手はしっかりとわたしの手を握り返してくれる。

「夜中だぞ?どこ行くんだよ?」
「いいからいいから」

ゼロスの部屋の大きな窓の向こうはゼロスが言ったとおり真っ暗闇で草木も眠っている時間。

そんな時間にわたしが訪れたことも、どこかに連れて行こうとすることも彼にとって大いなる疑問であることはわかってる。だけどここでネタばらしするよりももっとゼロスの驚いた顔が見たいから。

「お願い、あの丘に行きたいの」
「ったく、仕方ねえな名前のお願いとあっちゃ」
「やった!」
「ただーし、その格好は頂けねえな。もう春っつってもまだ冷えんだから何か羽織ること」
「はーい」

上着を借りて羽織るとゼロスは満足げに頷き、わたしを颯爽と抱き上げてふわりと羽ばたく。暗闇の中で神々しいまでのゼロスの羽の光りがそれだけでもう幻想的でついうっとりしてしまう。触れてみたいな。触れたら熱いんだろうか、消えちゃわないだろうかとたくさん考えてやっぱり見ているだけに留めてしまうんだけど。

「あ、」

ほんの少しの肌寒さに頬が慣れた頃、あの丘に着いた。ゼロスが短く漏らした声がそれを告げている。

「ね、綺麗でしょ?」

丘の上には大きな木が一本、その壮大な存在を主張するように枝葉を広げて立っている。それがこの時期になると満開に花を咲かせるのだ。去年はゼロスとお花見に来たけど、今年は夜にその花を見てみたかった。

「すげーな、夜見るのも」
「でしょ?ゼロスと見たかったの」

覗き込むとゼロスの瞳が優しげに細められた。真っ直ぐ目を見て、それでもお前の方が綺麗だよなんて茶化して言うもんだから頬がかあっと熱くなった。闇夜に隠れていればいいけど。

「ねえ、」
「ん?」

ゼロスの首にぎゅっと腕を回して首筋に顔を埋めてみる。あったかい。目を瞑るとなんだかゆりかごの中にでもいるような居心地のよさにわたしはほうっと息を吐いた。

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