▼ アイク

何をのぼせあがっていたんだろう。彼の力になって、彼のために戦って、彼のために死ぬ。わたしの一生の目標は、いつから、わたしのためのものにすり替わっていたんだろう。
最低だ。本当に、もうこれ以上はないって程に。どうしてこんな、こんなの、あり得ない。

「名前!」

彼に触れられた手が熱い。発熱量がおかしい。これじゃきっとそのうち溶けてしまう。

走った先は本陣のテントの隅だった。とりあえず誰もいないところ、誰の目にも触れないところ。激しく上下する肩をぎゅっと抱きしめて木陰に座り込んだ。はあっと息を吐くのと同時に涙が込み上げて来る。すごい、こんなに、こんなに溢れてくるものなんだ。

がくりと膝をついて目を瞑るとさっきの光景がまざまざと浮かぶ。見慣れた青髪の彼と、美しい緑髪の、彼女、

「…ぅあ、」

ごめんなさいごめんなさいそんな目で見てごめんなさい2人ともかけがえのない人なんだってわかってるのに守らなきゃだめだってわかってるのに、ごめんなさい。あなたたちのうちの1人を、どうやらわたしは、

「名前?」

今まさに思い浮かべようとした青色が視界に入ってぎょっとする。今のわたしは本当に滑稽だろうな。震える肩を諌めようと食い込んだ指は真っ白で、泣き腫らした目元と頬が真っ赤で零れた涙は拭われることもなくだらしなく流れていて、走ったせいで髪だってぐちゃぐちゃだ。女の子らしいところなんてこれぽっちもない。それに比べて。

「え、あ、」
「どうした?用事があったんじゃないのか?」

わたしの隣りに座り込んだ彼は僅かに呆れたような、それでいて優しい笑みを浮かべていた。こんな穏やかな表情でわたしの隣りにいてくれるのに、わたしはなんて邪な感情を彼に抱いているのだろう。罪悪感から自然に顔が俯く。だめだ、このままじゃきっとまた弱い自分を守るために平気で彼を傷つける。誰よりも何よりも最優先に守らなきゃいけない人を。

「追い掛けて、来たの?」
「ああ。エリンシアが心配していた」

彼女の名前にずきんとした。ああ彼の唇から紡がれる彼女の名前はこんなにも心地よくてこんなにも憎らしいものだっただろうか。

「…アイク、」

もう彼の名前を呼ぶことさえ赦されないくらい、わたしは本当に意地汚い女だ。アイクが知ったらきっと、嫌われる。

「熱でもあるのか?」
「な、なんでもない」
「ならどうしてそんなに離れる?」

じりじりと、確かにわたしはアイクから少しずつ距離を取っていた。だってアイクは平気で肩が触れ合うような位置に座ったりできる人だ。尚も離れようとするわたしの腕を掴もうと伸びて来たアイクの手をすんでのところで避ける。あからさまなその行動に、アイクはむっと眉を寄せた。あ、あ、やばい、怒っ…?

「アイ…っ!」

だけど彼は怯まなかった。怯むどころか手をふたつに増やしてわたしの腕を追い掛けて、息をする間もなく掴んだのだ。びっくりして引っこめようとすることさえ見越したようにぎゅっと強く。わたしはその間、アイクの顔を凝視していた。アイクも同じだった。その唇が得意げに弧を描いた。それがわかった瞬間、ぼぼぼとあり得ないくらいの速度で頬が火照る。
え、あ、ちょ、

意味を成さない言葉が唇から漏れるわたしを満足そうに見ながら、アイクはたった一言、逃がさんとだけ囁いた。

鷲掴みブーゲンビリア

「に、逃げ…ない、よ」
「本当か?」
「…うん」

だってもう、逃げられないのだと知ってるもの。
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