▼ ゼロス

掬われては口に運ばれ、運ばれては掬われるオレンジ色の果肉からそっと視線を上げればばかみたいに嬉しそうな顔があって、わたしはごく自然にため息を吐いた。頬杖をつく。退屈そうなわたしに気付いたのかゼロスはきょとんとして見せて、もう一度その銀色のスプーンにメロンの果肉を乗せた。しかしその艶やかな果肉は彼の口に運ばれはせず、音もなくわたしに突き付けられる。じっとりと目線を寄こしつつも頑なに開かないわたしの唇に焦れたのか水分をたっぷりと含んだメロンが僅かに触れ、もわっと甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

「ほら、あーんは?」
「要らない」
「なんでよ?」
「好きじゃないんだもん」
「あれ?お前メロン嫌いだっけ?」
「ううん、でも今は好きじゃない気分なの」

困ったな、と視線を明後日の方へ向けるとスプーンに乗せられたメロンは彼の口の中へと消えた。
もぐもぐと懸命に咀嚼する彼は可愛い。断言出来る。絶対に彼には言わないけど。

「この時期になると頼んでないのにいっつもメロン持って来てくれるよな?」
「うん」
「こんなでかくて美味いメロン…1人で食うのも俺としちゃ大歓迎なんだけど、やっぱ一緒に食べた方が楽しいっしょ?」
「うん」
「じゃ食べようや」
「やだ」
「なんでよ?」
「やだから」
「変な子だなあ。…あ、ここ来る前にたらふく食ったとか?」
「ううん、メロンはもう何年も食べてない」

わたしの返答にゼロスはまた変な子だな、と呟いた。それでもメロンを食す手は止まらない。よっぽどメロン好きなんだろうな。それを知ってるから、わたしはメロンの時期になると果物屋に寄って一番いいものを、とお財布の中身を空にしちゃうんだ。
一度自分で栽培してみようと準備したことがあったけど、聞いたとおりメロンを育てるということは安易ではなくて、最終的にまあできたんだけどこれがなんともみすぼらしくてとてもじゃないけど店頭には出せない感じになって終わった。
もちろんゼロスに食べてもらう、なんてことは出来ずに家族に振舞ったんだけど(ちなみに自分では悔しくて食べられなかった)。

土やプランターの片付が全て終わったあとに気付いた。わたしがこんなことをしなくても、ゼロスなら簡単に自分で甘くて綺麗で艶やかなメロンを手に入れることができるのに。
それなのにどうしてわたしは。

「ん、」

下ろしていた視線を上げるとさっきと同じように銀のスプーンに艶やかなメロンの果肉が乗っている。要らないって言ってるでしょ、と言おうとした唇にそれは些か強引に滑りこんで来た。んむっと変なくぐもった声が出て、スプーンが引き抜かれる。
上品な甘さが口内に広がるのがわかった。

「うまいだろ?」
「……」
「名前を眺めながら食うのもいいけど、俺は美味いなって笑い合いながら食いたい」
「…ん、」
「美味いだろ?」
「…うん」

わたしの返答を聞くとゼロスは心底嬉しそうに笑った。ああそうだ、わたしが求めたのは、見たかったのは、その笑顔だった。

でもやっぱりメロンは嫌いよ
(ゼロスのこと、取っちゃうから)
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