▼ アイク

ずきん、と突き刺すような痛みに目を瞑ると前方からばか!と叫ぶ声が聞こえた。途端になにかを薙ぎ払うような衝撃波が生じる。こめかみに手を遣りながら薄っすらと目を開けると見慣れたマントが視界に靡いていた。

「どこかやられたのか!」

周りの目など気にせずわたしの肩を乱暴なくらいに掴んでそう問うアイクを見て、ああばかと言われたのは自分であったのだなと思った。頭の痛みにふらついたところを、足元で真っ二つに折れている矢で狙われたのだろう。一歩間違えれば生死に関わっている一瞬も
、なぜだか目の前にいるアイクを見るとまるで夢物語のようにさえ感じてしまう。それはもう少し自重するべきだ、とわかってはいるけれど。

「ううん、少し眩暈がしただけ」

取り繕ってみるがアイクの心配そうな表情は晴れない。大方眩暈がしただけ、では割に合わないような顔色をわたしはしているのだろう。

「ここのところずっとそうだな。なぜムリをした?」
「…ごめんなさい」
「いや、わかっていたのに見ていてやれなくて悪かった」

まるで朝ごはんの話しをしながら薪を割るような動作で真正面から駆けて来る剣士を薙ぎ払う。わたしはなんとか援護しようとするけれど、アイクが一撃で敵を倒してしまうので思うようにいかない。無意識で奥歯を噛んだ。
アイクの力に嫉妬するなんてどうかしてる。性別も戦い方もまるっきり違うのに、彼に張り合おうとするなんてどうかしてる。

(違う、張り合いたいんじゃなくて)
(ただ彼の力になりたいだけなのに)

もちろん連日の体調不良には心当たりがあった。心当たりどころかその要因である睡眠不足を促進しているのは他でもない自分自身だ。
ただアイクの力になりたくて、ただ置いていかれるのが怖くて睡眠時間を削ってまで訓練に明け暮れた。その結果がこれだ。アイクにばか、なんて言われてるようじゃ本末転倒。目も当てられない。

ワユのように素早い剣術を使いこなせるわけじゃないし、イレースのように強烈な魔法を操れるわけでもない、ましてやリアーネ姫のように美しい歌を奏でてみんなを癒したりなんかも、到底できない。
自分の不甲斐なさに足が竦みそうだった。目の前の赤いマントがかすんでいく。

「名前、まだ戦えるか?」
「…ええ」
「なら俺の後ろにいてくれ」
「っでも…邪魔に、」
「その方が安心するんだ。だめか?」

それはまるで強い強い衝撃波のようで、目の前の霞みを醸し出す靄を一気に薙ぎ払うように走り去った。

「わたしで、いいの?」
「あんたがいいんだ。それとも俺じゃ信じられないか?」
「そんなわけない…!」

肩越しに振り向いたアイクが不敵に笑ってみせるものだから、胸に抱いた魔道書を無意識にぎゅっと握りしめた。ああできる、今なら、わたしなら、アイクとなら。なぜか強くそう思った。

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