▼ ユーリ

「猫がほしい」

宿屋のベッドでころころしていたかと思えば、彼女はふと独り言を零した。向けられた背中をその艶やかな髪が零れるのと同時に彼女は振り返ってこっちを伺うように見た。
そういえばさっきエステルとリタが見つけた野良猫追っかけて走ってたな、と思い出す。

「一緒に行ってくればよかっただろ」

俺がそう言うと彼女は緩く眉を寄せて不服そうな顔をする。

「違うの、ほしいの」

ふい、と視線を外すと通らない我がままに剥れる子供のように彼女は寝返りを打ってしまった。ラピードがいるだろと言えば、やはり彼女は 違う、猫がいいのだと返した。
猫、ね。
突飛な、しかも珍しい我がままを言う。ふと自分の手に握られている刀に気付いて、中止していた手入れを再開した。俺にしてみたら猫はお前の方だよと、声にはしなかった。

「でもきっと潰してしまうんだわ」

ぽつり、やはり独り言のような声色だった。しかしさっきとは違って彼女は振り向かずにそのまま続ける。

「例えば寝返りを打ったとき、例えば踵を返したとき、」

きっと潰してしまうんだわ、と彼女は続けた。思考を巡らせて、彼女が猫のことを言っているのだとようやく俺は理解した。手入れの終わった刀を鞘に仕舞う。

そのまま背を向けている彼女の前に回り込んで、目線が合うように膝をつく。

「じゃあそうだな、ここなら潰されないよな?」

大きな瞳を丸くして、彼女は俺の動向を伺うように見ていたけれどやがてくしゃりと呆れたように笑った。それから照れくさそうに俺の首に腕を回すと、ただ好きだと囁いた。


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