▼ ゼロス

ふかふかのベッド。柔らかすぎて少々居心地はよくないかもしれないけれど、その真っ白な枕にそっと頬を寄せてみる。優しい肌触り。
大きな縦長の窓の縁に、風に揺られたカーテンが靡く。いつものわたしならうとうとときても仕方ない、麗らかな昼下がりだというのに。

広いベッドで丸くうずくまる。膝を胸にまでつけてようやく息を吐いた。ああここは、わたしには広すぎるんだ。広すぎて柔らかすぎて寂しすぎる。こんなお姫さまみたいなのは、わたしには似合わない。ねえ、そうでしょう。そうだって言って笑ってよ。

こんこん、
慣れたノックの音が聞こえる。やだな。せっかく少しでも居心地のいい態勢を見つけたっていうのに。

こんこん
二回目のノック。それでもわたしは足を伸ばすことさえしなかった。目を瞑る。そうだ、寝たフリで通そう。
三回目のノック、…の代わりに音もなくドアが開いた。どくんと心臓が高鳴る。わたしはその瞬間に、どんな色が部屋に侵入してきたのか、わかってしまったような気がしたからだ。

相手の足音が毛の長い絨毯に吸い込まれる。どくんどくんと脈打つ心臓の音が耳元で聞こえる。わたしは無意識にぎゅっと目をきつく瞑り直す。わたしの背中に、なにか柔らかいものが触れて、

「なーんだ、寝てんのか。名前ちゃん」

首筋がくすぐったい。きっと彼のあの綺麗な紅い髪が滑り落ちてきているんだ。
わたしは寝返りを打ったフリをしてうまく顔を隠す。ほんとに苦し紛れな身動きだった。彼はそれっきりなにも言わずにじっとしている。彼が今どんなかっこうでいるのか、どこを見ていているのか、浮かべている表情さえわからない。

「……」

もう寝ているフリも限界かな、と思ったとき不意に肩を掴まれて優しく押される。今まで横を向いて寝転んでいたわたしの身体が天井を向く形となった。

驚いたのにそれでも目も口も開かなかったわたしは、きっとその道に才能があるのだと自賛してあげたい。もちろん押したのは彼、ゼロスだ。なにかが頬をくすぐっている。やはり彼のあの綺麗な紅い髪なのだろうけど。

と、いうことはあれか。今わたしの顔の上にはゼロスの顔が?
(お、押し倒されている…?)

「そうだなあ。名前とは、世界が終ったあとにもう一度会いたいかもな」

え、と脳裏で考える暇もなく唇になにかを押しあてられる。彼の唇だ。一度目からすぐに侵入してきた舌によって唇を割られる。異物の違和感にわたしはつい顔を反らしてしまった。それなのに追うように舌が絡んでくる。息苦しさにあ、とかん、とか喘いでもゼロスはお構いなしに、むしろぐいぐいと肩をベッドに押しつけてくる。

なんでこの人、寝てるわたしを襲って来るんだ。それにさっきの言葉の真意は?世界が終ったあとってなに?もう一度ってどういうこと?頭の中をぐるぐると回る思考か、それとも今のこの現状打破かで身体が思うように動かない。

あまりにも息苦しくなって、わたしはとうとう目を開けた。その震えで涙が零れた。

「ふ、あ…っ」

ふいにゼロスの動きが止まる。そっと離れる顔に、視線を這わせる。彼はわたしを見ていた。とても鋭い目。見慣れない無表情。わたしは今まで感じていた息苦しさも忘れて息を呑んだ。

「あ、…ごめん、なさい」

寝ていたフリに対してだろうか、自分でもよくわからない謝罪が唇から零れて肩が震えた。ゼロスはその無表情のまま、わたしの肩を掴んでいた手で頭をそっと撫でてくれた。
それからふいに柔らかく微笑んで、愛してると言った。わたしはただそれを聞いているだけだった。嬉しいはずなのに。嬉しくて空でも飛んでしまいそうなのに。それなのにゼロスの視線はわたしの髪のまま、撫でる手は止めない。

ねえゼロス、お願いだからこっちを 向いて。

「そしたらもう離さねえよ。朝から夜までずーっと一緒だ。そんでいろんなとこ行こうな」

果たしてそれがほんとうに今後に期待するような表情だろうか?

「名前は可愛いからな。俺様のハニーだっつってみんなに見せびらかしてやるんだ」
「ゼロス、」
「ん?」
「ゼロス、だいすきだよ、ゼロス」
「ああ俺様も。俺様だけの、名前」

ちゅ、と可愛らしいリップ音のキスをわたしの額に落として、おやすみとゼロスは笑った。そして最後にもう一度頭を撫でて彼は背を向けて行ってしまう。わたしは呼び止めることも起き上がることもできずに、ただ声を押し殺して泣いた。



(きっともう、その時はないんでしょう?)
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