▼ 高瀬

あれ、あいつサボりかよ。
昼休みが終わって、みんなが教室に戻り始める頃。俺も同じように教室までの道のりを歩いていたら、彼女は突如駆け抜けて行った。教室の方にじゃない、あれはたぶん屋上か保健室に向かっている。振り返ったけどその後ろ姿はすでになく、それよりもまず彼氏とすれ違ったのに気付かないってありなのか、と不服に感じながら教室に入った。
そういえば次、あいつの嫌いな数学だったな、とか俺もついて行けばよかったかな、とか悶々と考えていた
ら尻ポケットの中の携帯が振動した。名前からのメールだ。先生がまだ教室に到着していないことを横目で確認してからボタンを押した。

ごめん、別れよう

は?!と叫びそうになったのをなんとか堪えると携帯がみしりと悲鳴をあげた。


廊下を駆け抜けるとちょうど屋上へ続く階段に膝を抱きしめて座り込んでいる名前が視界に映る。まるでその影に同化しているように、いや寧ろ幽霊かなにかの類かのようにさえ見えて、俺の知らない間にとてつもないことが起こったんじゃないだろうかと背筋が粟立つ。
恐る恐る近寄って、その華奢な肩に触れた。彼女はぴくりと反応して、顔を上げる。

「名前、」

悲しげに寄せられた眉に、大粒の涙を溢れさせた瞳。悔しげに噛み締められた唇は震えていて、痛々しげに血を滲ませていた。その唇が、弱弱しく俺の名前を呼ぶ。虫の鳴くような小さい、だけど強く縋るような聞き慣れた声だった。

「どうした?別れるって、…」
「準太の傍にいる資格、ない」

言い切るとまた顔を俯けてしまう。艶やかな彼女の髪が、肩を滑り落ちた。

「資格ってなんだよ…要らねーだろ、そんなん…なにがあったんだよ」
「だって…だって、最低だ、わたし」
「だから、説明してくんなきゃわかんねーって」

肩に添えていた手を彼女の小さな頭に乗せる。少しでも安心してもらえるように優しく撫でたつもりだけど、本当は俺自身が大丈夫だとなにかに許されたかったのかもしれない。応えるようにもう一度顔を上げて、彼女は唇を開いた。

「失くしたの」
「ん、」
「ピアス」
「…は?」
「ピアス、…失くしちゃった。準太にもらったやつ」
「ぴあす、って」
「どこにもないの、探し回ってるのに…最低だ、わたし」

言い切ると彼女は今度こそ嗚咽を漏らして鳴きだしてしまった。ピアスって。え、ちょ、ピアスって。確かにピアスホール開けて喜んでた名前にピアスをプレゼントしたことあったけど、まさかそれ失くして俺の傍にいる資格ない、って、おま、え…

「ばかだろ…」
「ばかだもんどうせ…!うわああ準太今までありがとおおお」
「ちょ、違う!そうじゃなくて!そんなんで別れて堪るかっつー話しだよ!」
「そんなんとか言う…!大事にしてたのに…っ」
「あ、いや、…あーっ、もう泣くな!」

自分を守るように抱きしめていたその細い腕を引っ張って胸に収める。少々強引だったが仕方ない。普段からちょっと妄想癖あるっぽいしなこいつ。俺の話しときどき聞かねーでこうやって突っ走るし。…まあ、そんなとこに惚れたんだけどな、と胸中で頬を掻く。惚気たって許されるだろう、ここには2人しかいないんだから。

「…最後の抱擁?」
「違うから安心しろ」

ぐす、と鼻をすすると彼女は恐る恐るといった感じで俺の背に指を這わせ、それからきゅっと力を入れた。この幸せな気苦労が絶えぬことを、俺は祈るのみだ。

「泣きやんだら教室戻んぞ」
「数学やだ、」
「…はあ」
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