▼ 平和島静雄

「わたし、少し強引なくらいの俺さまタイプが好みなんです」

以前、友人らに理想のタイプとやらを聞かれてそう答える彼女の、僅かに恍惚としたその表情を覚えている。
果てして自分はその条件に見合っているか、と考え込んでから、虚しくなってやめた。同じく以前、俺は彼女に優しい人と御墨付きをもらった覚えがある。
とどのつまり、俺は彼女の理想に叶っていないことになるわけだ。



「静雄さん、冷蔵庫のプリン食べてもいいですか?」

しかし彼女はなぜか俺の隣りにいる。首だけを捻って台所を仰ぎ見ると冷蔵庫に手をかけたままの彼女が俺にその大きな瞳を向けていた。

「ああ、つかお前に買ってきたから遠慮すんな」

俺、自分のには名前書くしなとは少々子供っぽい気がしたので言わなかった。しかし俺の返答を聞いていたはずなのに彼女は微動だにしない。数秒見つめあってどうかしたのかと聞くと彼女は慌ててなんでもないですと笑うと冷蔵庫に向き直ってしまったが。

しばらくして彼女はプラスチックのスプーンと共にプリンを持って俺の隣りに座った。その頬が幾らか緩んでいるようで、買ってよかったなと思った。机の上の
チャンネルを掴んでテレビをつける。プツンと音を立てて画面が鮮やかに彩られる。
強引、ね。そもそも強引ってなんだ?どういうのを強引と定義するんだろうか?
強引。俺さま。キーワードを挙げてみてもそれらしい人物が思い当たらない。暴力が嫌いな俺は果たして彼女にとってどんな存在なのだろうか。名前の通り静か
に暮らせればそれでいいなんて考えを持ってる俺を、彼女はどう思っているのだろうか。
つまらない、とか、面白味がない、とか?

「…へこむな」
「え?」

俺の声が聞こえたのか、彼女はプラスチックのスプーンを咥えたまま小首を傾げた。大きな瞳がくりくりと俺の様子を伺う。

「お前さ、」
「はい?」
「……それ、うまいか?」
「おいしいですよ!静雄さんの優しさに感謝です」

僅かに照れくさそうに、彼女は顔を俯けて笑った。ほんとに甘いもん食ってるときは幸せそうだよなとこっちまで嬉しくなる半面、やはり彼女の唇から零れる俺
への優しいという賛辞が少し気に食わない。いや、そう言われて嫌だとかってことはないんだけどよ。

「俺、優しいか?」
「優しいですよ」
「どこらへんが?」
「え?えーっと、プリン買ってきてくれるし、部屋に押し掛けても入れてくれるし、変な人からも守ってくれました」
「それは、」

別にただ100%善意でやってのけてるわけじゃない。こっちだってまあ、その、下心ってやつがあってだなあ。期待を寄せて返って来るもんを待ってるんだ。優しさなんかじゃぜんぜんない。それをお前は自覚した方がいい。
とは言えず、口の中でもごもごしてから歯切り悪く消化する。

「…俺はぜんぜん優しくなんかないぞ」

そしてたったそれだけ、負け惜しみのように零した。

「そうですか?」
「そうだ。すげえ強引だし、お、俺さまだぞ」
「…ほんとに?」

きょとんと丸い瞳が細められて、くすくすと笑われる。ふふふ、あははなんて堪え切れないと言わんばかりに肩を揺らして、腹に手を当てたりなんかして。

「…お前なぁ」
「あはっ、ごめんなさい…っ」
「それ以上笑ったら投げ飛ばす」
「ええっ…ふふ、わかりました、もう、笑いません!」
「ったく…」
「それにしてもいきなりどうしたんですか?」
「別に」
「拗ねないで下さいよ」
「拗ねてねえ」

途端に居心地が悪くなってしまい、身体ごと彼女から背いてチャンネルを無造作に回す。この時間帯は期待できる番組がないな。

「わたしね、最近タイプの男性が変わったんです」

視線だけやると彼女は手元のプリンを掬うとその小さな唇に運んだ。

「聞きたいですか?」
「…ああ」
「すげえ強引で、俺さまで、優しい人 です」

言い切るとはやり照れくさそうに彼女は笑って、俯いてしまった。

「本当は、ここにわたしがいて迷惑なんじゃないかなって思ってたから、わたしのためのプリンがあることに舞い上がってお喋りになっちゃいました」

彼女の耳は真っ赤だった。なんだ、そんなこと。
彼女の言葉を思い返すとなぜかこっちまで熱くなってきて、俺はただ おう、としか返せなかった。テレビの向こうで遠い国の経済情勢が報道されるがまるで頭に入ってこない。
あ、おい、ちょっ…そんな顔すんな。

「おい」
「は、はい?」
「…一口くれ」
「えっ、あっ、」

赤い頬のまま、プラスチックのスプーンにプリンを掬ったは良いがそこからどうしようかと慌てている彼女の細い手首を引き寄せて、口を開けた。
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