▼ 平和島静雄

「ずいぶん楽しそうにしてたじゃねえか」

ぎろりと睨みつけられるとそれと同時に頭の上でわたしの両手首を纏め上げる彼の指に力がこもった。恐らく、いやこの際言い切ってしまってもいい。手首には痛々しい痣が残るだろう。手首というものは本来、人目から遮断しにくい場所であるのだがそんなことをこの男が考慮しようはずもない。半ば諦めるようにそれには目を瞑り、深く深く息を吐いた。彼が本気になれば痣などでは済まないことも、わかっているから複雑なんだ。

「そんなに俺が嫌いかよ」
「嫌いよ。煙草臭いところも、乱暴なところも、わたしへの配慮なんて微塵にも感じさせないから」

わたしが何日もかけて探し出した彼の嫌いなところを挙げ連ねれば、その眉はきつくきつく歪められる。まるでずっとずっと遥か昔から用意されていたような芝居がかった台詞だと自分でも思った。だけどそれはすべて嘘だ。ほんとうは彼がとても優しいことを、わたしは知っている。けれどわざとそう言えば、彼の神経を逆撫でできるとわかっていてのことだった。わたしは彼を怒らせたい。その上での彼の本音、あるいは本性を知りたいのだ。

「彼はもっとわたしを大切に扱ってくれる」

彼、と固有名詞を直接出さなくてもその歪められた眉が一層皺を寄せた。細められた瞳にギラギラとした光りが見える。
わたしは息をのんだ。そんなこと有りはしないと心のどこかで信じていながら、殺されてしまうのではないかと、ほんの刹那、絶命している自分を想像してしまったのだ。ぶるりと震えて息が乱れた。そして同時に、悦びさえ感じた。
ああこの目だ。わたしが見たかったのはこの目だ、と、思った。

「俺の前で臨也の名前は出すなっつってるよな」
「あなたの要望通り、名前はまだ出してないつもりだけど」
「余程死にてえらしいな」

わたしにというよりも寧ろ自分自身に囁くような声だった。深く暗くて、重い。ふいにその瞳が見えなくなって、わたしはひやりと汗を掻いた。耳、頬、首筋の辺りに微かにかかる息がある。そう認識するよりも早くがぶり、と表現できそうなくらい景気よく噛みつかれた。

「っあ、!」

鋭い痛みに漏れた短い喘ぎと共にぎゅっと目を瞑る。
ああ喰べられる、喰べられてしまう。歯を立てられた個所に這わされる生温い舌の感触にぞわりとした。唾を飲み込むと上下する喉を犬歯が掠めて行くのがわかる。次はどこに噛みついてやろうかと、まるで品定めするかのように。見えないところから襲う恐怖に身が完全に縮こまってしまって抵抗らしい抵抗がとれない。ただ喰われることを待つしかできないか弱い子羊のように肩を窄めると、気のせいか柔らかく微笑まれたような気がした。

「今どんな気分だ?」
「いっそ、ひとおもいに、殺された、い…!」
「大げさだな」
「いッた、ぁ…っ!」
「吸いついてできる鬱血の痕より断然綺麗だと思うんだけどな、歯型」
「あ、ぁく、しゅ、み…!」
「どーも。…ってかお前に言われたくねえ」

にやり、まるで三日月のように不敵に笑うと頭上の拘束を徐に解かれる。ムリな態勢で固められていた肩がじんじんと痺れていた。手首を見やればもちろん痛々しく真新しい痣が浮かんでいる。その痣を見て、やはり同じく三日月のように笑うわたしに、静雄は気付いていた。

「俺から言わせれば、お前の方がよっぽど悪趣味だよ」
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