▼ 班目一角

一度だけでいいの、と普段彼には見せないような顔で笑ったら、その情けなく寄せられた眉がひどく可愛らしく思えた。
握りしめた彼の手は硬直していて、わたしの一挙一動にとても動揺しているのがわかって嬉しくなる。緩む口元を抑えることは叶わなかった。薄く開いた唇が、意味をもたない声を漏らす。
彼は戸惑っていた。それはよく、わかった。

「一度だけだから」

もう一度、諭すようにいう。やっぱりそれを一角はびくりとして聞いた。その頬は真っ赤で、指が小刻みに震えていて、まるで生娘のようだと笑ってやりたかった。顔の角度を変えて、ゆっくり顔を近づけてみる。びくりとした一角はその手を引っこめようと足掻いたけれど、なんとか引き留める。
ゆっくり、あともう少し。
お互いの吐息がわかるかわからないかのところで、緩慢な動作で彼が目を瞑ったのがわかった。震える瞼に、やっぱり普段の彼を想像して笑いたくなる。
そして、それと同時にひどく愛しくも思った。
(ああ、どうして)


「なんて、ね」

握りしめていた手を解放して、その頭をぺちんと叩いてやると目をカッと見開いた一角が情けない声をあげた。

「なっ!」

わなわなと肩を震わせてもっと赤くなるので、今度こそお腹を抱えて笑ってしまった。

「てめえ…!」

そのうち笑いすぎてお腹が痛くなって、目尻に涙が浮かんだ。少し息が切れて、一角を見ていられなくなった。くしゃりと視界が歪んでいく。そんなわたしを見ていた一角は、震わせていた肩を落ち着けると、頭を垂れてから盛大なため息を吐いた。

「…お前なんか嫌いだ」
「そ。光栄だわ」
「とっととあいつんとこ行っちまえ」

乾いた言葉が、吐き捨てられるように放たれた。一角は少し笑っているようだった。だけどその表情を確認することはできなかった。

「うん、とっとと行くよ」

立ち上がっても一角は視線さえ上げなかった。
ばか、意気地なし、強引に連れ去るくらいしたらどうなの。
言いたかった言葉が喉の辺りを行ったり来たりして、結局呑まれていく。ごめんね、それはわたしもだよね。最後にその頭を軽く撫でてあげると、一角の肩はやっぱり震えていた。

「ばいばい」

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