▼ 谷口

真冬のブランコはひどく冷たかった。冷た過ぎて、本当は熱いんじゃないかって錯覚するくらい。地面に足をつけたまま身体を前後に揺らすと、耳をつんざくような錆びた鉄の音が暗闇の中響いて、どうしてだろう、余計に虚しかった。
隣りで携帯をいじりっぱなしの谷口に一瞥くれてから、はあと大きなため息を吐く。あ、息が白くてなんだかおもしろい。

「はあー…」
「……」
「はあー…」
「…お前、なにがしたいんだよ」

携帯から目を離して、怪訝そうな顔の谷口がこっちを向いた。液晶画面のぺかぺかした光りが谷口の頬を照らす。ねえ誰とメールしてるの、なんてそんなこと聞けないからなにも言わずにもう一度長く息を吐いた。

「今日さ、キョンの奴に」
「…うん」
「谷口、お前超能力使えるか?とか聞かれてさあ」
「ふうん」
「やっぱ涼宮と関わると碌なことがねえんだよな」
「そうだね」
「俺は忠告してやったのに」

はは、なんて軽く笑って携帯をぱたんと閉じる音がする。気になってちらり、と視線をやると谷口は自分の足元の辺りを見ていて、思っていたよりもその頬は緩んではいなかった。きいきいと2人が揺らすブランコが不協和音を奏でる。

「まあ、使えりゃ便利なんだろうけどな」
「……そう?」
「お前の心ん中とか、読みてえ」

ぽとり、まるで朝露が葉の上を走り零れていくような呟きだった。わたしの勝手な幻聴だったのかとも思った。だけど違う。確かに彼の声が、わたしの鼓膜を震わせた。間違いなんかじゃない。

「それか、お前が俺を好きになるよう洗脳する」
「は、 …ばかじゃないの」
「だよなー。俺もそう思う」
「…うん」

きいきい、きい、谷口のブランコの音だけが止まって、わたしは顔を上げた。上げなければならないような気がしたのだ。そんなこと言えば、笑われてしまうかもしれないけど。握っていたブランコの鎖がふいに引かれて、わたしの足は地面を僅かに蹴った。

息をする間もなく、食むような感触が唇に触れる。谷口は目を瞑っていた。

「…、」

掻きあげられた彼のオールバックの一房がわたしのおでこをくすぐる。

深爪をしたときとか、案外わさびが効いたときとか、セーブし忘れたのにゲームオーバーになったときとか、親と進路のことで衝突したときとか、ああそうだ、初めて谷口とケンカしたときとかの、あのなんとも言えない、ぐちゃぐちゃになりたい気分によく似ている。わたしは、

「泣くな」

まるで泣けと言われているかのようなその優しい声に、大粒の涙が溢れて谷口を歪めてしまった。

「…頼むから、」

目の前のコートを思いっきり引き寄せて、その胸に顔を押し付けた。ムリに捩じれたブランコがギイ、と鳴いたけれどそれよりもわたしの嗚咽の方がたぶん谷口の気を引くことができただろう。
好きになんかならない。風みたいにあっち行ったりこっち行ったり、なにするのかなにしたいのかわかんないようなこんな軽い男、好きになんかなったりしない。ただ少し仲がいいだけの友達で、ただ今日も話しを聞いてもらっただけで、それで、こんな、

「…好き、だ、」
「う、…ば、かあ…っ」

ルール違反するようなやつ、好きになったりしない。それは谷口だってわかってるはずだ。だってそういう風に、…そりゃあ、約束や規制を取り付けたわけではないけれど、それは、それはずっと暗黙の了解だったはずだ、だから、だからそんな、…ばかな人なんて。

「ごめ、…っ」

さよなら。さよなら、わたしの片思い。たった二文字さえ言えないわたしを、きっと恨んでいるのでしょうね。

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