▼ クラトスとロイド

ひどく長い夢を見ていた気がする。出会った頃よりも大きくなった彼の背の向こうに、その鳶色はあった。霞んで見えるのは、どうしてだろうか。
わたしがAボタンを押さなければ進まなかった物語は、あと少しで終わろうとしている。懐かしくて、温かくて、何度も味わいたくなる中毒性が少しあって、そしてなによりも切ない。わたしがこの、シンフォニアの世界に飛ばされてきてたくさんの時間が過ぎた。
まるでこの世界の住人になったような錯覚さえするほど、わたしは不自然なく溶け込むことができた。それもこれもすべて、彼らがわたしを支えてくれたからだ。そのお返しに、わたしが彼らをきちんと導けたかどうかはわからない。だけど恐らくこの結末からして、正しかったのだと思う。

「あのね、」

今にも泣きだしてしまいそうな顔のロイドと、それを優しく見守るクラトスの視線がわたしを捉えると、やっぱりどこか変な感じがした。わたし、ここにいるんだなあって、再確認してみたりする。

「元気で、ね、」

わたしのその台詞はひどく滑稽だった。本当は、このあと数年後にこんなことが起こるんだよ、なんて言ってやりたかった。そう、そうすればきっとクラトスはここに留まることを考えてくれるかもしれないなんて、思ったんだ。つまりわたしは、クラトスに、ここに、いてほしかった。デリスカーラーンに、行かないでほしかった。でもどうしてもそれが言えなくて、もうそんなのって素直になるとかならないの次元じゃなくて、そうじゃなくて、ただ、わたしのわがまま、で、そう思うと尻すぼみで情けない声しか、台詞しか、出なかったんだ。

だけどもう会えないなんて、信じたくないよ。

「お前には世話になったな」
「…うん」
「ロイドのこと、頼んだぞ」

慈悲に溢れた声に、ロイドが顔を俯けたのがわかった。ごめんね、早くしないと泣き顔見られちゃうよね、なんて申し訳なくなって、だけどクラトスが招くように手を差し伸べたので、わたしは彼の背を追い越してその鳶色に歩み寄った。見上げると長く伸ばされた前髪の間から細められた瞳がわたしを映し出す。

「あの、ね、わたし、ひどく長い夢を見ていた気がする」
「夢?」
「みんなと出会って、幸せになる夢」

でも、夢なんかじゃ、なかった。最後まで言えなかった。喉がきゅうきゅうと痛んで、声にならなくて、気付いたら瞳いっぱいに温かい涙が溜まってて、それはまたたくまに頬をぼろぼろと転がり落ちた。行かないで、行かないでなんて、言わせないで。痛いよ、すごく痛い。酸素が吸えない。名前を呼びたいのに、その手に触れたいのに、どうして、ああ、

だいすき

「そろそろ帰ろう、冷えてきたしここは魔物も出るからな」

少し赤くなった目尻を下げて、ロイドは頼りなげに笑った。わたしの背を押して歩き出す。

「ね、ロイド」
「ん?」
「わたしも、行かなきゃならないって言ったら、どうする?」
「んー…」

わたしの背に当てていた手を組んで、考える素振り。一陣吹いた風が木の葉をざあと揺らした。

「俺も一緒に行くよ」

それからいつもの満面の笑みをわたしに向けたけれど、彼はどこかふっ切ったような声色を決して隠しはしなかった。

「俺だけじゃない。コレットもジーニアスもリフィル先生も、しいなもゼロスもリーガルもプレセアも。それに、クラトスやミトスだって、会えないけど、みんな」

お前と一緒だ

突如ぶつんとフェードアウトした世界がゆっくりと色づけられていく。
ああやっぱり夢だったんだ。そう理解すると涙は止まらなかった。泣いても、泣き叫んでもみんなに会えるわけじゃないけど。

擦り過ぎた目元がひりひりと痛んで、しゃくりあげた喉が頼りなげで、わたしはとうとう泣くのをやめてしまった。頭ががんがんする。身体中の水分を流してしまった気さえして、しわしわになってないかななんて考える余裕ができたのと同時に、目の前に差し出される手がある。

「ねえ、どうして泣いてるの?」

顔を上げると、金に近い蜂蜜色をした髪に翠の瞳の男の子が、心配そうにわたしを覗き込んでいた。
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