▼ 谷口

家に着いても電気さえ碌に点けずソファに潜り込む。最近はソファでテレビ見ながら眠ることが習慣化してきていたので、置いてあったお気に入りの毛布に顔を埋めるとひどく落ち着いた。そのまま眠りに落ちてしまえそうだった。現実世界の喧騒や嫌なことぜんぶ忘れてしまえる瞬間。眠りに落ちる一瞬がそれだ。大学に入学して始めた1人暮らしの大きな利点と、わたしは言えると思う。寝転びながらご飯を食べても怒られない。夜中にシャワーを浴びても嫌な目を向けられない。休みの日は日がな一日ごろごろしていても邪魔者扱いされない。そもそもわたしを邪魔者扱いする人間がいないのだから当然なのだが。そんな生活を噛み締めながら、早く眠りに落ちたいと思った。この短いようで長い一瞬に、少しでも許せば傲慢で驕り深い思考が浮かんでしまう。寂しい、なんて。
呼吸が浅くなって、身体が軽くなっていく感覚が薄れて靄に包まれてきた頃、なにかの音が響いた気がした。ガチャリ、ギィなんてまるでわたしの家の玄関が開くような音だ。夢だ、きっとそうだとなんの確信もない考えが浮かぶ。あ、落ちる。

「お前さ、ベッドあんだからこんなとこで寝るなよな」

まるで子守唄のような声がする。目を柔らかく瞑ったまま鼻先だけを毛布から出してみる。でも、ああ、心地よすぎてもうこれ以上動けない。わたしはもう眠ってしまっているんだ。あいつの、谷口の声なんて聞こえやしないんだ。余計なことを考えさせないでほしい。完全に落ちきらない思考を持て余していたら、頭をゆっくりとなにかが撫ぜる感触がする。

「聞いてんのかよ」

もやもやとした曖昧な響きの声がそれでもちゃんと聞こえる。時々髪をくしゃりとやられるとそれだけでほんの刹那、目を開けてしまいそうになる。夢なのか現なのかさえわからない。ただ心地よいことだけがわかる。ふいに額になにか柔らかいものが触れた。しかしそれは一瞬だった。次いでおやすみ、と耳元で小さな声がする。ああ、おやすみ。おやすみ、谷口。
普段は聞けないような優しくて甘い響きに、わたしは引き込まれるように落ちていった。

痺れる
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