▼ ティキ
甘いお菓子でも割れるような音が響いて、ちらりと反応を伺うように目を向けた。案の定落胆しきったような顔の男がそこに蹲っていて、期待していた姿なのに案外面白見も感じず目を伏せた。さあ、あとは彼を殺さなくちゃ。舞台に必要なのは選ばれた役者だけ。あなたは必要ない。役をもらえなかったお邪魔虫は早々に掃けるといい。
口内は血の味ばかりがした。怪我なんてしてないし、血を飲んだってわけでもない。なんだろう、ひどく鉄の味がして気持ちが悪い。その水たまりに浸かっていたお気に入りのヒールを足先で投げ捨ててコンクリートを蹴った。さあ終わった。早くホームに帰ってロードとお菓子パーティの約束をしているんだから。かくん、と視界が揺れて目障りだったので履いたままだった方のヒールも捨てた。上等のワンピースを着ているのに裸足だなんて変だろうか。
でも血でぐちゃぐちゃのまま帰るのも嫌なんだもん。ティキ辺りがお迎えにきてくれたらいいんだけどなあ。
「お前はまた派手にやったなあ」
「ナイスタイミング!」
シルクハットの下のわざとらしいため息も気にせず。駆け寄る。おんぶでも抱っこでもいいからとにかく乗せてくれ、と両手を差し出すとひどく嫌そうな顔をされてしまった。そんな顔してもだめだからね!
「イノセンスは壊したか?」
「うん、とっても綺麗な音がしたよ」
「そっか、いい子だな」
「うーん、…もう一回聴きたくなってきたな」
「また今度な。いい子にしてたら千年公がお使い頼んでくれるだろ」
「うん、わたしいい子にしてるね」
ティキが柔らかい手つきで横抱きにしてくれる。ふわっと浮いてじゃあ帰ろうかと言われたのでわたしは自然に笑顔になった。伯爵のお使いで遠くに来られたりこうやってあの透明な塊の割れる綺麗な音を聴けたりさっきまで生きてたあの人と遊べたりティキのお迎えがきたりするのはすごく楽しいけど、やっぱりホームで家族とお菓子食べてる方が何倍も楽しいな。だからいい子にしてるの。そうしたらご褒美をもらったときの喜びが大きいから。
頷く