▼ 竹谷
「なあー、いい加減機嫌直せって」
ぴょこぴょことひよこのようにわたしの顔を覗き込みながら後ろをついてきていたはちが、とうとう痺れを切らせて前に回り込んできてそう言った。その言葉に些か苛立ちさえも感じてこっちはムスっとする。ちょっと、怒ってるのわたしなんだからね?
「あれは不可抗力ってやつだろーが」
「なんではちが切れてんのかわかんないんだけど!」
「お前がいつまでもネチネチしてっからだろ!」
「ネチネチってなによ、反省の色なしじゃん!」
「謝っても許してくんねーなら仕方ないだろ!」
「うっわ、最悪逆切れとか最悪!もう別れる!」
「勝手にしろ!」
「勝手にするわよ!」
ふん!とお互い顔を背けると冷たい風が一陣強く吹いた。そもそもこの風が事の発端なんだ。こんな風さえ吹かなければあの子(隣りのクラスの可愛いって評判!)の制服のスカートは捲れなかったんだ。そしてそれを凝視(はちは一瞬しか見てないとか言い張るけどぜったい凝視!)するはちを見つけることなんてなかったんだ。
むしゃくしゃして頭に血が上って鼻の下伸ばしてるはちの耳(軟骨のとこね!)引っ掴んで怒ってやった。
最初はごめんとかわざとじゃないんだとかへこへこしてたくせに段々はちの機嫌も斜めになってきて気付いたら見えたんだから仕方ないとか不可抗力だとかって開き直って…!
「で、別れたのか」
ずずずずとメロンソーダを啜る三郎はなんとも抑揚のない声でわたしの話しを一旦切った。そうよ別れてやったわ、あんなすけべこっちから願い下げよ!
「お前の気持ちもわからんでもないが、男の性なんだ許してやれよ」
「じゃあ三郎は自分の彼女が、知らない男のパンツがズボンから出てるの凝視しててもいいっていうのね!」
「…いや、ちょっと違うんじゃないかそれは」
ずずずと音に比例して小さくなっていく三郎のメロンソーダのアイスクリームは緑に混ざってぐちゃぐちゃだった。この寒いのによく冷たいの飲めるね、と感心しつつ自分のココアの入ったマグカップを両手で包む。
「…三郎、テンション低いね」
「つまらん惚気ばかり聞かされればな」
「これのどこが惚気?」
「そういうことを考える暇があるんなら、仲直りの方法を早く見つけることだな」
「なっ なんでわたしが!」
「見るならわたしのだけにして〜とでも言えばイチコロなんじゃないか?ってことで俺は帰る」
「ええええ、三郎の薄情者…!」
三郎ほんとに帰りやがった、あいつ…!しかもご馳走さまとか言ってメロンソーダ代置いてかなかった…!
目の前にぽつんと残された、僅かな緑を包んだガラスがまるでわたしを笑っているようだった。この緑の水みたいになんでもかんでもクリアに考えられたらどれだけいいだろうなんて別れてしまったんだからもう遅い。
ただはちが好きで、好きでいたらなんだか素直になれなくて、空回って、怒らせて、喧嘩する。はちが好きなだけなのに、それだけなのに。
(醜い嫉妬ばっかり)
(バカみたいだ、ほんとに)
じわあと視界が歪んで膝にぼろりと落ちた。最悪、ファミレスで1人泣いてる女とかなんだこれ。端からみたらメロンソーダ飲んでた男にフラれた女みたいじゃないか。
ああもういいや、自棄だ泣いてやれ。噛み締めていた唇がじんじんしてきてふっと込めていた力を抜いたら、それと同時に肩を掴まれた。誰だよこんなときに空気読めよ!…と、声にはしなかった。いや、できなかった。
「はっ、ち、」
「お前のだったらいいのにと思って見てた、ごめん!」
は、言いかけて止まる。なん、の、こと、だ…
「だから別れるなんて言うな!俺も言わないから!」
そのままぎゅーっと抱きしめられて、はちの肩越しにこっちをぽかんと見ているおばさんと目が合ってしまった。頬というより顔全体が熱くなって恥ずかしくってとりあえずはちの胸におでこを押し付ける。ここファミレスですけどぉ…!
「は、はち、…」
「なんだよ」
「わ、わたしのだけにしてね、見るの」
オフコース、マイハニー!
(毎度毎度飽きないやつらだな)