▼ シュヴァーン

ああ、なんて愚かな人だろう。右頬を預けた木製のドアからゆっくりと頭を垂れた。使い古した制服の腹の部分から赤よりも黒に近い液体がべったりと付着している。気持ち悪い、その上に鈍痛がまるで生理痛のようだと思った。なんら必要性のないこの行為が、こんなことが、一体なにになるというのだろうか。吐いた浅い息を飲み込むように口付けられて、酸素の希薄さに緩く喘いだ。ああ、なんて愚かな人なのだろうか。
(それなのにわたしはこの行為を甘んじて受けるのだ)
(まるでなにか神聖な儀式のようなこれを)

下ろされた長い前髪から覗くぎらりと鋭い瞳がわたし
を捕える。もうどうにでもなればいい、この投げ捨てでもしてやりたい痛みさえ享受してあげるから、だから、どうか。

「シュヴァーン」

まるで触れてはいけない禁忌の響きのように、それでいて何度も何度も撫で回して指に馴染んだ音のようで。わたしにとってひどく大切な名前。だけど名前だけじゃない、わかってる。わたしにとって大切なものに付けられた名前がそれだっただけのこと。そんなことはどうでもいい。ただ呼ばなければもどかしいから、そう名付けるしかなかった。受け入れるしかなかった。彼がそういう名前だっただけ。それだけなのに、まるで熱を持ったようにわたしを貫く。

「痛いか?…痛いだろうな。こんなに出血している」
「誰が出血させているのか考えてみたことはあるのかしら」
「さあ、あまり考えたことがない」

嫌いなわけじゃない。死ねばいいと思っているわけでもない。彼は以前そう言った。それが真である保証はどこにもないが、わたしはそれをほぼ信じている。彼の瞳がそう告げているような気がするのだ。それにわたしに触れる彼の指は些か心地よい。この傷の痛みさえ、和らいでしまいそうなのだ。

「っう、」

ずるりと短剣が引き抜かれると鮮血が太ももに散った。貧血でくらくらしてくる。目を瞑れば次に目覚めるのはあの世なのではないかと何度考えただろう。そのたび医務室の天井を見詰めて安堵のようなそれでいて少し物足りないような気分になる。
彼はわたしを刺すのに、死なせてはくれない。剣で、言葉で、目線で、それは様々だったがわたしはそれはどうでもいいことだと思っている。要するに大切なのは、彼が、刺す、ということなのだ。

「シュヴァーン」
「綺麗だ、とても」
「う、…っあ、」
「愛してる」
「い…ッ」
「誰よりもだ」

ああ本当に綺麗だ、そう呟いたシュヴァーンの恍惚とした表情を最後に視界がブラックアウトする。それさえあれば、三途の川さえ干からびさせてやれそうな気さえするのよ。待ってて、シュヴァーン。すぐに戻ってくるから。

突き刺す
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