▼ ↑豪炎寺修也

膝に乗せたボールがなんだか軽く感じた。今日はなんだか調子がいい気がする、と暗示させるように胸の中で呟いて膝を落としてすぐに上げる。ボールがうまい具合に宙に浮いた。何度か繰り返して爪先、踵で蹴る。最後にひと際大きく空に放つと両手でキャッチ。よし、大丈夫だ。ぎらりと照る太陽が眩しい。

円堂の声で今日の練習が終わる。あいつはまたこれからあの場所で続けるんだろうな、と思うとなんだか今日は俺も付き合ってもいいような気がした。その旨を伝えて、円堂の了承を得たので学校を出る。そのときに円堂があ、となにかを思い出したように俺を見た。

「どうした?」
「この前さ、あっこで姉ちゃんとすれ違っただろ?見たことあるような気がするって姉ちゃん」
「あ、ああ、」
「やっと思い出したんだよなー…いっつも俺たちの練習見にきてた姉ちゃんだったんだよ!」
「え、」

正直その話題はやめてくれ、とも思ったが円堂が事情を知るはずもなく。しかし自然に俯きがちになった視線が円堂のすっきりしたような顔に固定される。俺たちの練習を見に来ていた、その不可解な言葉に引っかかる。

「結構前…うーん、一ヶ月くらい前かな、それくらいからずっと見てたんだよ、橋の上でさ」
「……」
「そんで俺聞いたんだ、サッカー好きなんですかって」
「それで?」
「サッカーは嫌いだけど、やっぱり男の子はスポーツしなきゃね、って」

サッカー嫌いなのはちょっと残念だけどあの姉ちゃんわかってるよなーと最後の方の円堂の言葉はなんだかぼんやりとしか頭に入らなかった。そうか、サッカー嫌いだったのか。そんなどうでもいい個所がなんとなく胸の中をもやもやとしていて、そしてやっぱり俺は彼女を知っていると思った。彼女がもう俺を忘れて、知らなくても、それでも。

「…悪い円堂、俺、用事思い出した」

だから気付いたらそう言い放って俺は走り出していた。背後で円堂が俺を呼ぶが振り返らない。ああどうしてだろう、これは一番悪い選択、俺がアクションを取るなんて最もよくない選択だってわかっているはずなのに。
それでもただ一言、猫のようにしなやかに俺を軽やかに交わしてしまう、悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼女に、それは偽りなんだろう、俺にくらい本当の笑顔を見せてもいいんじゃないかと言ってやりたい。だってあのとき、あの男といたあんたは、ぜんぜん楽しそうなんかじゃなかったろう。あんたはその男に噛みついたか?噛みつかせてくれるほどに興味深い男だったか?
その貼り付けた笑みの下を見せてみろ。これが俺の最初のアクションだ。

走り出す影の向こう側
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