▼ 豪炎寺修也

「ねえ、今日は泊まっていくんでしょ?」

ベッドにうつ伏せのまま、彼女は試すような視線で俺を見ていた。短めのスカートから持て余された生脚が揺れる。それをわざと見ないようにして、ベッドの下、つまりカーペットの敷かれた床で胡坐をかいていた俺はすみませんとだけ返した。その返事を聞いて気まぐれな彼女がどんな表情をしたのかはわからない。ただし、悲しげに嘆くこともどうしてかと問い質すことも彼女はしないだろう。案の定、ふうんそっかと吐息のような囁きが聞こえた。
わかっていた反応なのに、安堵感と複雑さが織り交ぜられた息が漏れる。そうだわかっていた、これはわかっていたことだ。彼女は俺に興味なんてない、ただここにいるのが俺だってだけで。明日、いや数時間後でもいい。ここに、この場所に他の男がいたってなんらおかしいことではないのだから。
彼女が俺にすり寄るのも、触れて来るのもただの気まぐれ。彼女自身がそう言うのだから間違いはない。それに俺だってそう思う。下手にこっちからアクションを取れば、彼女は全身の毛を逆立てて威嚇する猫のように容赦なく噛みついてくる。だから俺にはただ彼女を待つ以外の選択肢はない。
ならどうしてそこまで彼女に固執するのか、答えは簡単だ。

「豪炎寺くんさ、最近なんか楽しそうだよね」

ふいに上から下りて来た指が耳朶に触れる。突然のことでついびくりとすると彼女はほんの少し、嬉しそうに瞳を細めた。そのまま掠めるように頬を撫でた指が首筋を下り、か弱い力で引き寄せられる。胡坐に前屈みという不安定な態勢によろけベッドに手をつくと、彼女との視線ががっちりと絡まった。

「あ…サッカー、してて、」
「そっか、やっぱり男の子はスポーツしなきゃね」

にこっと寧ろ白々しいまでの笑顔で彼女は笑った。演技なんだ、気まぐれなんだとわかっているのにどきりと胸が高鳴る。そのまま身動きを取れないでいると触れるだけのキスをされた。そんな突然のキスに目はおろか唇さえ開いたままの俺を嘲笑うように何度か啄むように遊ばれる。

「う、あ…っ」

ぬるりと舌が入り込んだ感触でハッと我に返る。頬がカッと熱くなって俺は身を引いた。するりと解かれる彼女の冷たい指の温もりが消える。どくり、いや、どくどくと壊れるんじゃないかと思うくらい波打つ心臓がうるさい。

「ごめんね、びっくりした?」
「い、いや…」
「つい年下の男の子っていじめたくなっちゃうんだもん」

尚も彼女は貼り付けたようなままの笑顔で言う。悪かったな、俺はあんたみたいに手慣れてないんだと返してやりたいのに彼女への服従心に似た感情のせいで言葉にできない。わかってる、俺はこんな、すぐに手の平返すような態度を断続的に取るあんたに依存している。その気まぐれさに目が離せない。気付いたのは最近じゃない。

「豪炎寺くんはかわいいね」

それは誰と比較しているんだ。未だうるさい心臓に爪を立てて深く息を吸った。
もしも彼女が年上でなかったら。もしも彼女が気まぐれでなかったら。もしも彼女が自分に素直な人間であったら。
そんなのは考えてもすぐにやめる。どうしようもないからだ。彼女は無情にも俺よりも数年早く生まれたし、この通りやりたいと思ったからやる、みたいな性格してるし、むしろ自分には素直すぎて困るくらいだ。なら俺は彼女にどんな姿を望むのか?

視線をやると俺の存在なんて忘れたように向こう側に寝返りを打つ彼女の背中が見える。もう一度安堵のようなため息を漏らして、ベッドに肩を預けた。


望むことはなにもない
(このままの、今のままの彼女に俺は依存している)
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テーマ「人外ファンタジー」
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