▼ レイヴン

まるでわたしを人形みたいにぎゅーっと抱きしめて、好きだの愛してるだの囁いたと思ったら頬にキスをされる。ねえ、そんなことしてなにになるっていうの?わたしが喜ぶとでも?
…そうね、ええそうだわ。わたしはこれ以上ないってほどに嬉しいと思ってる。なにが気に食わないって、それを手放しに喜べないことよ。素直にあなたの愛に応えられないからよ。

そりゃそうよね、あなたの愛は最初からないんだもの。嘘偽りで真っ赤なんだもの。言うなれば仮初、夢幻。触ることは愚か、いつまで経っても目を合わせることさえできない。

「嬢ちゃん、はーい!」

胸に飛び込んでおいでー!なんて続けるとエステルに怒られる。だめです、名前にしてあげて下さい!なんて。そうね、端から見ればわたしたちは少し年齢の離れた仲睦まじい恋人同士。当人の腹の底のことなんて露ほどにも知らないで。
2人を見ていたわたしに気付くと彼はにこっと笑って手を広げた。「胸に飛び込んでおいでー!」のポーズだ。
例えそこでツンとしたってただ照れてるだけのようにしか見えないんだから傑作だわ。当人のことなんて本当に当人にしかわからない。
そういうのは子供のいない場所でしてくれよななんてカロルの両目を手で覆いながら呆れたようにユーリがぼやいてその場は終わった。

レイヴンはひどい、残酷すぎる。
わたしはこんなにあなたを愛しているのに、


「名前ちゃん」

宿屋の前の堤防に腰かけて、その先に見える水面をただぼんやりと眺めていたら彼は突然現れた。時刻さえわからないがとうに草木も眠っている、普段から休みたがりの彼からしたら爆睡すべき時間帯であるのは確かだ。そんな彼が眠そうな気配さえ見せずにわたしの隣りに腰を下ろした。その双眸はむしろぎらぎらとしているようにさえ思えて、少し身体が震えた。

「ぎゅってしていーい?」

答えなんて聞かなくてもするくせに、と半ば諦めのような視線を向ければ案の定すぐに腕は回って来た。ひしっと抱きしめられて些か苦しい。彼の肩に押しつけたおでこから熱が伝わってきて、わたしは自然に瞳を閉じた。どくんどくんと心音が、…聞こえない。

「好きだ、」

わたしはそれを聞こえないふりで誤魔化した。瞼に力を入れて、まるで石化したように動かない。程なくしてもう一度、彼は確かめるように好きだと呟いた。

嘘つき、嘘ばっかりねあなた。でもそう切り出したことはない。突き放すことができないから。彼を手放すことができないから。それを知っているのかどうかはわからないが、彼は好きだという代わりのようにわたしの名前を囁いてそれきりなにも言わなくなった。
こんなに苦しいのに、どうしてわたしは彼を愛しているんだろう。
ああそうだ彼に抱かれているから。まるで荊のようにわたしに巻きつくこの腕があるから。
(ならこんな腕なんていっそ、)
しばらくして、まるでわたしの意思が通じたように、彼は腕を解く。

「…レイヴン?」
「まだあいつを、…忘れられないのか?」

ああそれよ、それが気に食わない。今さら過去を引っ張り出してきてどうするの。あなたはいつもそう、ある程度わたしを抱きしめて、満足したらその話題。
飽き飽きしているのに、もういいじゃない、終わったことなのよ。
アレクセイは死んだ、アレクセイを好きだった名前は死んだ、アレクセイを好きだった名前を好きだったシュヴァーンは死んだ。違うの?
わたしの中はこんなにももう、あなたでいっぱいだと言うのに。

わたしは怖いのだ。レイヴンを好きだと認めると、彼が離れて行ってしまうんじゃないかと。
わたしが好きなのはシュヴァーンじゃない、なのにわたしを抱きしめたがるのはレイヴンじゃないことをわかってる。

「ねえレイヴン、アレクセイは死んだわ。もう思い返すことはやめましょう、どうにもならないことよ」
「なら名前がやめればいい、あいつはもう死んだ、あいつを追うのはやめてくれ」
「違うわ、わたしはもう、」

レイヴンは、アレクセイを忘れられないわたしを愛することで息をしているのだわ。そう訴えようとして何度もやめた。
彼はどうしてもわかってくれないのだ。そしてその理解を得たとき、彼はわたしなんて捨ててしまうのではないか、とわたしは思う。
彼の、わたしを見る双眸がどうしても濁っているようにしか見えないのだ。なにか分厚いフィルターが何枚も重なってしまっているような錯覚さえする。

「わたしは、もう、レイヴンのことを愛してる」
「ああ、俺もだ、」


烏は百度洗っても鷺にはならぬ

(違う、あなたはレイヴンなんかじゃない)
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