▼ レイヴン

戦闘中何気なく、ほんとに何気なく(別に意識して見てたとかじゃなくてね、!)後衛で詠唱をしていたレイヴンを振り返ったら、焦ったせいでぶわっと全身の毛が逆立った。
得意げに魔物を狙っているはずのいつもの彼が、俯きがちに心臓の辺りを掻き掴んでいたのだ。少し距離のあるここからでもわかる、顔色はすこぶる悪くて息の乱れは放っておいていいものじゃない。
苦しいのだろうか?それとも知らないうちに魔物の攻撃を受けたのだろうか?…心臓魔導器の故障?
(そんなばかな、だって朝はあんなに元気でごはんおかわりしていたくらいなのに、)

どうしよう、どうしようと握っていた愛剣の柄に一層ぎゅっと力を込めたら、緩々と目線を上げたレイヴンと瞳がかち合った。彼の唇がなにかを言おうとして開く。スローモーション。程なくしてわたしの身体に激痛が走り、次いでユーリの、わたしを呼ぶ大きな声。ふらっと宙に浮く、自分のものではないようなわたしの身体。土と鉄の味。視界がブラックアウトして、画面がぷつんと途切れる錯覚。


「う、」

無意識で寝返りを打とうとした身体がずきっと痛んで瞼を開ける。生温かい身体の中に冷たい空気が入り込む感覚。わたしは月明かりが照らす部屋のベッドで横たわっていた。
右手の方に大きな窓が備え付けられていて、その向こうに見事な満月が見えた。綺麗だ、と率直な意見が頭に浮かんだ。

「おはよ」

声は窓の反対、左側からかけられた。首だけを動かすと呆れたように笑うレイヴンがいる。ベッドに頬杖をつき、わたしを見降ろすその目には些か眠気を感じさせるものがあった。もしかして眠らないでわたしのこと看ててくれたのだろうか。
上半身を起こそうとするとやはりずきずきと痛む背中。どうやら背後から攻撃を受けたらしい。痛みに眉を寄せると、優しくレイヴンの手が触れた。

「ずいぶん会心の一撃食らったみたいよぉ、嬢ちゃんの焦りようったら凄かったんだから」

でもさすが嬢ちゃん、傷はきちーっと治してくれましたよっと。にひひ、と悪戯っぽく瞳を細めてレイヴンが笑った。その笑みに幾らか安堵する。ああよかった、どうやらさっきまでの苦痛は今の彼にはないらしい。

「レイヴンはもう平気なのね」

闇夜にわたしの声は静かに響いた。それ以外の音はまったくといっていいほどしない。街が眠る、というのはこういうことなんだろうな。
少しの間沈黙が流れて、ふいにレイヴンはぽつりと呟いた。

「おっさんがもうちょっと頑張ってたら、名前ちゃん怪我しなくて済んだのにね」

答えたレイヴンの顔に影が落ちる。そうじゃない、そうじゃなくて、もう平気なの?もうあんなことにはならない?と問い質したいのにそれが許されないような沈黙が再び流れる。

「平気だろーって思うんだけど、すっごい術使うと時々ああなんのよねぇ」
「…うん、見つけたとき、わたし死ぬかと思った」
「なんで名前ちゃんが死ぬのよー」
「だって」

唇を噤む。それ以上の言葉は考えてなかった。どういえばいいのだろう。レイヴンが死んじゃうと思ったから。その一言に尽きるのだけど、もっとなにか他にもある、もっとたくさん、心配とか恐怖とか、あのときあのままマイナスの方にことが進んだらもしかしたらわたしの身もどうにかなっちゃうような、なにかが。
それがどうしても言葉に、声にできなかった。

「ごめんね、おっさんはもう平気だから」

ぽん、と頭に手を乗せられるとそれまで喉を行ったり来たりしていたもやもやがすうっと消えて行った。見上げると優しい瞳があって、途端に泣きそうになる。
ああレイヴンがいてくれてよかった。そう言おうと思ったのにやっぱり声にできなくて、自分の不甲斐なさが嫌だった。

「レイヴン、」
「ん、なーに?」
「レイヴン」
「うん」

悲しそうな顔するの、やめて。ようやくそう言い切るとレイヴンは一瞬ぽかんとして、そんな顔してた?と苦笑いした。
影の落ちたままの彼の顔には、安堵と同時になにか少し暗いものがのしかかったままだった。なのに優しい瞳はわたしを見詰めたまま、わたしを労わろうとする。

「そりゃそんな顔もしたくなるってもんよ、おっさんのせいで、治ったとは言え名前ちゃんに傷つけちまったわけだしな」
「ううん、これはわたしの不注意だったから」
「こっち向いて、泣きそうな顔してた名前ちゃんの顔が忘れらんないのよね。…完全におっさんのせいだわ、反省してる」
「レイヴン、わたしほんとうに大丈夫だよ?もう痛くないもん、こんなのぜんぜん平気!…ああでも、」
「うん?」
「今度からは、その、…大技使うのちょっとやめてほしいかなって、思う。レイヴンがあんなに苦しむ必要ないよ、その分わたしがもっともっと頑張ればいい、頑張れるもん。頼りないかもしれないけど、レイヴンのためなら頑張るから」

わたしがそう言い切るとレイヴンは今度こそとても悲しそうな顔をして、それからベッドに突っ伏してしまった。え、もしかして泣かせてしまった?と慌てて彼の肩に触れる。伸ばした背がずきりと痛んだけど気にならない。レイヴン?呼ぶとうーと唸られてしまった。どうしたの?泣いてるの?お腹痛いの?わたしなにか変なこと、言った?

「ねえレイヴン、顔上げてよ」
「もー…っちょっと待ちなさい、おっさんは今ちょっと忙しいんだから」
「なっなんで?なんで急に突っ伏しちゃうの?」
「あのねえ、自覚なしが一番困るわけよ名前ちゃん」

がばっと上げた顔で緩く睨まれる。その頬と耳が真っ赤で、気付くと気恥ずかしそうに目を反らされてしまった。

「やばいわ、おっさんちょっとずきゅんと来ちゃった」

きゃ、なんて茶化して顔を両手で覆うレイヴンはなんだかおかしくって笑ってしまった。そのたびに背中が痛むけれどそれどころじゃないんだもん。笑いすぎて目尻が潤んで、なんだかひどく彼の胸に飛び込みたくなってしまった。


(ふつう逆でしょーが)
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