▼ シルバー

※HGSSライバル
俺はもっと強くなる。そういってモンスターボールをぎゅっと握りしめた彼がわたしに背を向けて、どこかへ行ってしまおうとするから引き留める言葉を持ち合わせていないのに、ただなにかを言いたくて軽率にも歩み寄ってしまった。案の定、彼はどこか戸惑ったようにこっちを見て、ボールを握りしめる手に力を込める。

「なんだよ」

出会った当初の、ギロリと睨みつける眼差しではなくて、ただ本当に戸惑いを色濃く見せながら彼は小さく小首を傾げた。ああそういえば、旅に出てすぐに出会ったニドラン♂は今の彼みたいに警戒しつつもそれよりも大きい戸惑いに震えていたような気がする。対応の仕方を知らないのだ。それなのにいきなり攻撃をしかけたりボールを投げつけてごめんね、と聞いてももらえない謝罪をする。あのときはわたしもいっぱいいっぱいで余裕がなかったの、だけど今は違う(ポケモンと一緒にするなって彼は怒るだろうけど)。
わたしはきちんと言葉を探す。それを彼に聞いていてもらいたい。

「あのね、」

すとんと突っかかっていた鉛が胸の中を落ちて消えていくような感覚。もうそこまで来ている音がまだ出てこない。焦らなくていいよ、躍起にならなくていいよ、あなたのペースでいいよ、ムリをしなくていいよ、わたしはあなたが好きだよ。喉が震える。なのにまだ形に出来ない。
見上げた先の彼は、そっと遠慮がちにわたしの頬に触れて、そして一瞬だけ柔らかく笑った。あ、と意味もなく唇が形成されて、気付いたらわたしは泣いていた。彼の唇がまた会える、と形にしたから。

「シ、ルバー…」
「情けない顔をするな、さっさと行けよ」
「シルバーが先に行ってよ、わたしはまだここにいるから」
「そうかよ、…じゃあな」
「えっ…あ、」

するりと頬から彼の手が離れて、それを追ったわたしの指が宙を彷徨う。ああだめ、掴んだって彼はすり抜けてしまうと知っているのに。寧ろ追おうとすればするだけ、彼は戸惑いの色を濃くさせてしまうのに。

「来週の水曜だ。またここに来い。そのときはもっと、俺も強くなってるからな」

離れたはずの彼の手が今一度舞い戻って、わたしの頭をくしゃりと撫でた。わたしはその間、声を出すことはおろか空気を吸うことさえ出来なかった。なのに苦しくない。彼の背中も寂しくなんてない。わたしは色づいた景色を追いかけるように、彼に聞いてもらえるように、わかったと頷いた。
彼が去り際に振る手が、とても綺麗だった。

斃れて后已む
(そのときは、言うから)
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